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王妃は、技術を磨かなければセンスも衰えてしまうとお考えになり、
ご自分のお抱え美容師が宮廷やパリの女性たちの髪を結うことをお望みになっていました。
(「カンパン婦人の回想録」より エヴリーヌ・ルヴェ『王妃マリー・アントワネット』)

ARTWORK:OSAMU SATO
池田理代子のマンガ『ベルサイユのばら』で、フランスの王妃マリー・アントワネットの生涯やエピソードはみなさんご存じのはず。マンガだけでなく、お芝居や小説、映画などさまざまなメディアで、王妃アントワネットのドラマは取り上げられてきました。フランス王家を食いつぶした浪費家であるという説や、実は理知的な女性であり革命の犠牲者となったという説など、彼女に対する後世の評価は二分するところです。といいますか、彼女を描き出す作家たちの考え方や筆さばき次第で、悪女にも高貴な女王にもいかようにも描かれてしまうわけなのですが。彼女に関する豊富なエピソードが残されているため、それほどまでに作家のイマジネーションをそそってしまうのでしょう。
真偽のほどはともかく、アントワネットがフランス宮廷のトレンドリーダーであったことは確かです。彼女のヘアスタイルは、宮廷のお抱え美容師がデザインする最新のものでした。引用した部分は、お抱え美容師に対するアントワネットの考え方を、側近が語ったくだりです。当時の宮廷お抱え美容師は国王一家のためだけにしか仕えてはならず、その他の人々のために仕事をしてはいけないというしきたりなのでした。まるで「御用達」の独占みたいですね。アントワネットは、パリで人気の美容師を抱えていましたが、彼の技術やセンスを鍛えるためにも、他の人の髪を結った方がいいという、当時にしては進んだ考えの持ち主だったようです。フランス宮廷には、これ以外にも、王妃の着替えは常にその場に居合わせた身分の高い女性がお渡しするだとか、夕食は毎日公衆の面前で食べるだとか、しちめんどくさい決まりごとがたっぷりありました。アントワネットが王妃になると、こういったきまりごとは、ほとんど彼女が廃止してしまったというくらいですから、先進的な気風の持ち主だったといえなくもないかも。いまでいう構造改革でしょうか。
彼女のヘアスタイルは、彼女の人生の移り変わりにあわせて変わっていきます。14才でオーストリアから嫁ぎ、18才で若々しく美しいフランスの王妃の座につくと、彼女のお気に入りのヘアスタイルは、人気の美容師が仕上げた「プーフ」という高く飾り立てた豪華絢爛な髪型となります。そしてもちろんこのスタイルは宮廷中の流行でした。この噂を聞きつけた母マリア・テレジアは、「新聞に何回も書きたてられているあなたの髪についても触れなくてはなりますまい。髪の高さは90cmもあり、多くのリボンや羽根で飾られているとか」と、お小言の手紙を彼女に送りつけています。しかしこの過剰なスタイルやファッションへの熱中も、実は国王とのあいだにほんとうの意味での夫婦関係がなかったことへのうさばらしといえないでしょうか? プチ・トリアノンというお気に入りの離宮づくりに熱中したり、ロココスタイルのインテリアで部屋を飾り立てたり、毎日ドレスの生地を選んだり。これはまさしく18世紀版の「買い物しすぎる女たち」ともいえるのでは? たまたま彼女の場合は、フランス国庫のお金がたっぷりとあったので、自己破産するまでには充分な時間もありました。しかし破滅の結果が、ギロチンの露と消える運命とは、はたして浪費した金額に見合っていたのでしょうか。
華美さだけで語られがちな彼女ですが、ひとときの安らぎを得られた時期には、まったくちがった自然なスタイルに変身しています。結婚から7年後にやっと皇太子を身ごもり、出産したあとでは、自慢の金髪が抜けおちたこともあって、短く切った髪をゆるやかにまとめた「ア・ランファン(子ども風)」というナチュラルなヘアスタイルになったこともありました。またお気に入りのプチ・トリアノンで夏を過ごすときには、王妃という役目を脱ぎ捨てて自分に戻れる場として、ほどいたままの髪に麦わら帽子というくつろいだスタイルでした。それにこの離宮では、愛人と噂されていたフェルセン伯爵との時間を過ごしていたという話もあります。やはりそんな時期の女性は、精神的にも落ち着いていて、過剰なファッションより愛に熱中するのに忙しかったのでしょうね。いまの私たちから見ると、王妃としてのパブリックな時間と、女性としてのプライベートな時間の切りかえに長けた女性とも見えるのですが、これまた民衆には不好評。質素なドレスや庶民の女性をまねたようなヘアスタイルは、王妃としてのつつしみに欠けるとひんしゅくをかう始末。王妃という存在は、なにをしてもとかく注目されやすいものです。
その後フランス革命が勃発。革命軍に捉えられ、牢獄生活を過ごしたアントワネットは、断頭台へ向かいます。どの肖像画でも、この頃の彼女を描いた姿は白髪で描かれています。死刑を宣告されて一夜にして白髪になったという言い伝えはさだかではありませんが、死と隣あわせだった囚われの生活が彼女をあっというまに老けさせたことはまちがいありません。こうやってアントワネットの髪を見ていくと、女性の生涯の変遷やそのときどきの心の状態を、ヘアスタイルが写し鏡となって表しているといえますね。さて、いまのあなたの髪は、どんな心もようを表しているのでしょう?
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