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チェリーブロッサムという名のスタンダードなカクテルがある。1930年代に発売されたサボイのカクテルブックに載っているくらいだから、大分古い。それはブランデー、チェリーブランデー、ホワイトキュラソー、グレナデンシロップとレモンジュースをシェークしてカクテルグラスに注ぐ、というものだ。そして、その色は日本の桜の花というより、アメリカンチェリーのような色で、若い日本のバーテンダーであった僕にとっては多少なりとも違和感があった。ヨーロッパの桜の花はアメリカンチェリーのような色なのだろうか? ずっと不思議に思っていたが、問題を先送りにしたままだ。そういえば、我が家にあるチェリー材のテーブルのチェリーと、日本の桜とは同じではない気がするがどうなのだろう? ドイツや北フランスなどで作られているキルシュというさくらんぼの、花も実も実物を見たことがないし、南フランスやイタリアのマラスキーノというさくらんぼも、生の花も実も見たことがない。大体、日本のさくらんぼの花も見たことがない。少なくとも、ソメイヨシノとは違う花が咲くのだろう。そう考えると、知らないことばかりだ。
桜のことで、知っていることといえば…、縁日で買ってきたピンクのひよこが白いにわとりになって、そのにわとりが桜の花びらを嬉しそうに食べていたこと。そして、それを見た妹が、あのにわとりはひよこの時ピンクだったから、ピンクのものが好きなんだ、と言ったのが可愛らしかったこと。となりの家の塀によじ登って遊んでいて、塀を越えてのびていた桜の枝にいた毛虫に刺されて、塀から落ちたこと。桜の木が台風で倒れた次の年の夏には、やけに玉虫(玉虫厨子の、緑色の綺麗な玉虫)が多かったこと。桜の木にはアブラゼミがよく来ること。アリや毛虫が多いので、夏の桜の木の下ではうかうかしていられないこと。夏に雨が降らない日が続くと、桜は葉を少し閉じていること。秋になると桜の葉は黄色や赤や茶色になること。桜の枝を折ったら、「馬鹿!」と言われたこと。我ながら、くだらないことしか知らないものだ。
ところで、ここ何年か、ソメイヨシノの花の色が薄く(白く)なっている気がしてならない。と、思っていたら、同じように思っていた人もいるようで、いくつかの説に出合った。それは、都会の土には栄養分がなくて、花の色が薄くなるのだ、という説。また、東京周辺の桜は老木が多くなって、花の色が薄くなったのだ、という説。はたまた、そもそも桜のせいではなくて、貴方の眼が歳をとってきたからだ、という説。どれもありそうな説ではある。でも、僕はこんな風に考えてみた。つまり、イメージの桜と現実の桜とのズレではないか、と。毎年、毎年、桜色が積み重なって、少しずつイメージの桜の色は濃くなっていく。現実の桜の色は、ずっとそのままであるのに…。
いずれにしても、もうすぐ、僕の人生分の一の、桜の花と出会える。
今年の桜の花は、去年より、少しだけ白くなっているのだろうか。
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