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2002年8月


2002年8月31日(土)
ゆうべどれだけ飲んでも、父は朝から散歩にいきます。実家で犬を飼っていることもあるのでしょうが、もう、寝ていられない性分なのです。朝ごはんをたべて「あゆみちゃん」出動。観光といえば鎌倉ですね。ぼくも二度しかいったことないのですが、母は姉妹ときたことがあるらしい。父ははじめてです。両親とも、長谷寺にはよろこんでいました。とくにろうそくを立て祈願する洞窟は気にいったようです。京都のお寺より、参観者のほうへ手をさしのべている感じがありますね。その感じが洗練されているので、いやみじゃない。ふつうのそば屋でそばを食べ(父はしきりに、昨日のそば屋の生ビールは最高やったあ、と運転手の孝典にくりかえしていました。よほどうまかったようです)、由比ヶ浜の鎌倉文学館へあるいていきます。両親とも、昭和文学好きなので、そうそうたる「鎌倉文士」たちがこのあたりに住んでたことを知り、こころから感心していました。あと、大河ドラマ好きなので、加賀前田家が文学館の敷地にお住まいってことにも感心してた。夕方に三崎へもどり、途中で酒屋へ。三日連続で一升瓶を買っているので、店員さんは、なんといったらいいかわからないような目つきになり、結局なにもいわなかった。晩ごはんは、孝典が「ぜひ食べさせたい」といっていた甘えび、父の好きなサザエ壺焼き、史上最強「酒のあて」するめのワタ、たこの煮付け、するめ刺し、焼き茄子に母の自家製ゆずみそ、キャベツ、きゅうりの千切りを大量に。夜がふけるうち、モチクの佐々木さん、お向かいの坐古さんもうちにあがって飲みだす。三崎のひとは「あたらしいもの」が大好きなのです。坐古さん、うちから獅子をもってあがってくる。近所の若い衆がなんにんも集まり、獅子をねりながら、祭用の木遣りを歌ってくれました。とてもとても、おめでたい感じ。夏の終わりだとは信じられません。書き忘れていましたが、今回の長旅は、父の七十歳記念のイベントなのです。

2002年8月30日(金)

朝から弟孝典と北久里浜へ。レンタカーを借りにいったのです。三崎へかえって、お昼はそばにしよう、ということになりました。弟が葉山御用邸前にいいそば屋がある、といいだし、早速レンタカー出動。運転は孝典(ぼくは運転免許をもっていない)。そばはうまかった。両親が、近所の海の博物館を散策しているあいだ。三崎口までレンタカーでもどり、もうひとりの弟克典をひろう。孝典と克典は一卵性のふたごなのです。レンタカーは、大阪の夫婦と、ふたごをふくむ三人の息子に乗られ、青息吐息になっていました。かわいそうなので、レンタカーにも名前をつけましょう。「あゆみちゃん」にします。この日、両親の告白によって、衝撃の事実があきらかになりました。ぼくは生まれる前、女の子であると信じられ、また、そう期待されていて、生まれる子の名前は「あゆみちゃん」と決めてあったことが判明したのです。うちに帰って父と克典は銭湯へいった。ぼくと孝典は、昨日の酒屋へ一升瓶を買いにいきました。家族五人がちゃぶ台をかこんで、晩ごはんの献立はというと、坐古家よりいただいた地たこ刺し、たこマリネ。三崎といえばまぐろ刺し(まるいちが特別にいいところくれた)、うるめの刺身に酢味噌付け、夏のさかないさぎの刺身。大量の小松菜おしたし。大量のごぼうのきんぴら、だだ茶豆。父と克典は、はすむかいのバー「ニューバッカス」へ繰り出していった。孝典はお金のない写真家、克典は繊維関係の商社で営業マンをやっています。ふたごながら、どこかで運命のひとひねりがあったのでしょうね。ただし、克典もただものでなく、営業マンのくせに先週、数10キロオーバーで免許取消になりました。母と孝典、ぼくの三人で、二階でボブ・ディランをかけながら静かに飲んでいると、「バッカス」からいったん克典が四つん這いでもどってきます。父からの伝令だそうで、「いま、まぐろのたまごなる珍味をマスターにいただき、たいへんうまい。おまえら、とくに母さんにも是非味わわせたい。店へきなさい。寝ていても、すぐきなさい」。ぼくたちは克典に、「父さんのことは頼む」といって、その場でおとなしく飲みつづけました。はすむかいのバーからふたりがいつ帰ってきたか、ぼくはよくおぼえていません。

2002年8月29日(木)

胃の調子は「ちょっと悪い」ぐらいに回復。薬を飲むと、強烈な痛みはやってこなくなりました。お昼に大阪からのきた両親を三崎口ででむかえる。母は二回目、父ははじめてです。かんかん照りなのに涼しい、とびっくりしていた。うちの二階をみて父はまたびっくりし、風通しのよさに目を細めながら、ここは戦前からの建物やな、四五十年ではきかん、との見立てを披露しました。ガイドブックをぱらぱらめくっているうち「水族館がある。もったいない。行こ」とつぶやくや、母をせきたて油壺いきのバスへ乗り込みました。父はときに、旅先などで、なにもしないでいる時間にがまんがならなくなるときがあるのです(水族館へは時間切れではいれず愕然としたそうですが)。ふたりが帰ってくるまで簡単な仕事。夕方、栄町の酒屋へ、父と酔鯨の吟醸酒を買いに行く。料理をはじめていると、弟の孝典が仕事を終えやってきました。最近撮影の仕事がひきもきらないので、両親ともほっと胸をなでおろしているようです(仕事のはなしをきくたび、毎回あらたに胸をなでなおしている感じ)。晩ごはんは、しまあじの刺身。かます塩レモン、かます塩焼き。かわはぎ煮付け。貝わりの塩焼き、ゴーヤのきんぴら。おぼろとうふ。だだ茶豆。すぐに一升瓶があき、焼酎へとうつります。モチクの佐々木さんがあがってきて、よどみないおしゃべりを披露してくれました。父は真正面で居眠りしていた。夜中すぎ、戦前からの二階へあたらしいふとんを敷きました。

2002年8月28日(水)
ゆうべから体調が最悪。寝ていても、胃がきりきりきり、と痛んで、起きてしまいます。ふだんの飲み過ぎやなんかとは、あきらかに違う。なにかに「あたった」感触です。なかなかそういう経験もないので、「これがそうか」と感心しながら寝てしまいます。午前中、尾籠なはなしですが、二十回以上トイレにいきました。夕方から横須賀で福音館のうちあわせ。「うどんや」の原稿最終つめ。もうひとつ別に、あまり要領をえない仕事依頼があったんですが、おもったとおり「よくわかりません」とこたえておきました。帰って晩ご飯は、中華スープとアスパラの薄味スパゲティ。トイレと居間を往復。電話の園子さんによると、昨日はおなじく調子が悪かったそうです。たぶん、まぐろカマのホイル焼きが、蒸したりなかったじゃないか、とのこと。園子さん、スミマセン、スミマセン、としきりにいっていましたが、もちろんこっちのチェックが甘かったのです。ほんとすみませんでした。それにしても、ぼくはまだきりきり痛いのに、園子さんの胃腸って、ひとなみすぐれて頑健にできてるのでしょうか。

2002年8月27日(火)

朝から大仕事です。とあるかたに手紙を書いたのですが、書いているだけで、喉がかわくくらい緊張していました。書き上げるともう、へとへとです。午後には、近所のこども会の引率係として、油壺シーボニアのプールへ、園子さん、めい、るな、いとこのタカトと。入り口でおおぜいのこども、おかあさんらに合流。男できているのはぼくだけでした(まともな男性はみな働いている時間です)。準備体操では、こどもたちにまじり、園子がひとり屈伸をしていた。プールへはいるのなんて、ひさしぶりです。底をみても真っ平らだし、海草も岩も、さかなもいないし、磯になれた目には退屈でした。とにかく、ひたすら泳ぐ場所なんですね。帰ってから早い晩ごはん。あなごの白焼き、かんぱち照り焼き、まぐろかま蒸し焼き、はまぐりの中華スープ、ゴーヤきんぴら、いかときゅうりサラダ。しめにあなご丼。豪華なメニューでした。北条湾の向かいの、向ヶ崎のお祭りをみにいく。園子さんは夜八時ごろのバスで帰っていきました。何日もごくろうさま。高橋信太郎家に電話すると、きりかちゃんがでて「シンジ、おねえちゃんによろしく」といっていた。

2002年8月26日(月)

午前中は大掃除、大洗濯。お昼前から園子さんとひさびさにきつね浜へいきました。引潮アンド凪。水ひどく透明で、コンディションばっちりです。大きな風(うにのこと)を五個獲りました(栗ひろいみたいにころがってる)。ちいさいのは獲っちゃいけません。バスで東岡へ。そこからバス停三つ分、油壺入り口のフジスーパーまで歩きましたが(タイカレーのもとを買いにいった)、なんとなんと定休日で、園子さんは大ショックをうけていました。帰ってきて、弁当をやけ食いです。そして昼寝。二階の十畳に寝転がって向田邦子の「父の詫び状」を読む。高校のころわからなかった部分が、かえって胸につまってきます。晩ごはんは、風(えらくまずかった)、まるいちよりサービスのカンパチ刺し、イカとゴーヤの中華いため、トマトのバジルサラダ、タイ風ココナッツシチュー。なんだか微妙に、南の海っぽい料理になりました。

2002年8月25日(日)

お昼過ぎに、古い友人高橋信太郎夫妻とその娘きりかちゃん、犬のロロくる。きりかちゃんの名前は絵本「ももいろのきりん」から取ったのです。男の子だったら「えるた」にしていたそうです。夫妻はうちの古さにいたく感心。きりかちゃん、あっという間にめい、るな、みさちゃんとうちとけています。こどもにはこども同士にしか伝わらない波動がきっとあるのです。坐古さんちの前でヨーヨー釣りをしています。巨大バケツに水風船を山ほどいれて。考えてみれば、自前でこんなことするうちは珍しいですね。それから、たこ焼き大会です。信太郎とぼくの大阪出身者は、カセットコンロで、坐古のゆみさんはガスコンロで焼く。お好み焼きならともかく、たこ焼きはおっかなびっくりです。ともかくカセットコンロで焼くべきもんじゃないな、というのはよくわかりました。くずれたたこ焼きを突っついていると、地たこ刺し、サザエ大量つぼ焼きが、坐古さんちからの差し入れられる。このあたりからじょじょに晩ごはんになっていきます。かます塩レモン、とびうおたたき、あまえび刺し。まぐろかまのホイル焼き。みんなえんえんと飲み、えんえんと語る。信太郎と嫁のりあちゃんは交互に二階で寝ていた。ぼくはめい、るな、きりかの三人を連れ、夜の散歩にでかけました。行きすぎるひとびとは、三人子連れのぼくを、ふしぎそうにながめてた。帰って、おとなたちはまだ飲んでいましたが、るなと園子さんが一緒におふろにはいった。一時頃、「いやあだ、おねえちゃんたちと一緒にいる!」とぐずるきりかを連れ、高橋夫婦、ベンツで東京へ。きりかちゃんには、いい思い出になったかしらん。

2002年8月24日(土)

園子さん、信子さんは、お昼からそろって海へ。ぼくは浅草のギャラリーefへ。三時から編集のみなさんによる「クーツェ」のうちあげパーティなのです。装丁の池田さんや書評家の吉田さんもきてくれました。 開会にさきだち、理論社の芳本さんより増刷の発表がある。ほっとしました。増刷、つまり初版を売り切ったってことは、つまり出版社に損をさせなかった、って意味だから。田中さんより花、安保さんよりサボテン、そしてefの泉ちゃんから手製の麦ふみ人形をいただく。お酒をのみながら「さかなクイズ」、それに「音楽クイズ」をしました。問題作成者はぼくです。江戸時代、秋にだけ「さかなへん」に「祭」とかいたさかなはなんでしょう(答えはさんま)とかね。賞品は三崎のまるいち魚店から直送の、いなだ、いしがきだい、かます、わたりがに。結局、吉田さん、関谷さん、高頭さん、伊藤さんが勝った。会がおわるころ、ものすごく背の高い外国人がふたり、店にはいってきて「シンジ、シンジ」と呼ばわる。なんだなんだ。きいてみると、スペインの友人イニーゴ・アシスの友達で、彼から「東京にいったらシンジをたよれ」といわれてきたのらしい。その名をパブロ、そして弟のホセ。そうはいっても、ぼくはもうすぐ三崎へ帰らなくちゃいけません。名案が浮かびました。みんなを浅草随一うまい料理屋「二葉」に案内し、パブロとホセに東京のいろいろを教えてあげてくださいとたのんでおきました(あとできいたら、パブロもホセも喜んでたそうです)。それから三崎へ二時間。お向かいの坐古ママ、由美さんの実家で、野外バーベキューに呼ばれる。途中参加なので、みな満腹そうにぐったりしていました。うまいいわし、うまい野菜。うまいおにぎり。由美さんのお父上に会うなり「直木賞まで何年だ?」ときかれました。日本酒を二合ほど。帰ってもう、ふらふらとたおれるように熟睡。

2002年8月23日(金)
午前中は創作。お昼に園子さん、信子さんが東京からくる。雨がふっているので、残念、海へはいけません。けれど信子さんからおみやげに、海のいきものの図鑑をもらった。すごく見やすいので、紹介しておきます。「小学館のフィールド・ガイド20 海辺の生物」です。ところで、昨日今日と急に寒いので、体調がへんになってきました。夕方になるともう、頭ががんがんしています。夜の港でスティールドラムのコンサートがあるのに、結局、信子さん園子さん、ふたりだけにいってもらうことになりました。ご両名、どうもすみませんでした。二階のソファで寝ていると、闇に階段をのぼってくる、ぺたぺたいう足音。誰だろう、とおもうまもなく、おでこにぺたっとてのひらが当てられ、「よう、大丈夫かよう」と声がしました。となりのバー、モチクの佐々木さんだった。園子さん信子さんもどってきて、晩ごはんです。いなだの刺身、めといか刺身、ゴーヤのきんぴら、茄子とみょうがきゅうりサラダ、ほたてのバター焼き。しいたけのチーズホイル焼き。ビールは飲めませんけど、日本酒ならオッケー。「強力」の純米吟醸を飲んでいると、坐古さん夫婦とゆうちゃんがきて、みなでスティールドラム談義がはじまる。きいているうち、頭がスティールドラムみたくぐらんぐらんとしてきて、先に二階へあがり床へはいる。

2002年8月22日(木)
午前中は創作。書きすぎないよう注意注意。曇りがちですが、夕方、磯まで歩いていきました。雨のふる前兆か、あちこちでさかながぴしゃぴしゃと跳ねています。あんまり楽しそうなので、海へ入ってみたら、あまりの冷たさに跳びはねてしまいました。気温も急に冷えてきた。まるでもう秋です。晩ごはんは、マーボ茄子。茄子の浅漬け。おくらのおしたしに枝豆とビール。夏らしいメニューで、秋の到来を阻止しようとしてみました。

2002年8月21日(水)
早起きしてフジテレビの短編二本。これにて終了。都合五本のシリーズもので、背が3メートルにまで伸びてしまうおじいさんや、ずっと工場の煙突にとまっている「鳥男」などが登場する、あいかわらずのほら話です。十月の毎週、フジテレビの朗読番組で披露される予定です。番組制作側が、朗読者の希望があるか、ときいてくれたので、ぼくはとあるとんでもないかたにお願いしたいと返事しました。もし決まったら、いち早くお知らせします。午後は創作です。終盤のもりあがり、いよいよ熊狩りのシーンにはいりました。夕方、PHPの編集者、森本さん、本澤さん、高橋さんが遠路はるばるこられる。二階のちゃぶ台で長話。こどものころの恥っさらしな話、ここしばらくの仕事ぶりについて。そのあと居酒屋へ行きました。三崎での外食経験がほとんどないぼくは、おっかなびっくりでしたが、意外にもおいしい店でほっとしました。かさご唐揚げ、たこ刺し、あじ刺し、えびのはいったみそ汁など。来週木曜から両親、兄弟がみなうちにやってきます。その予定がじょじょにかたまりつつあります。

2002年8月20日(火)
朝おきたら台風おわってました。三崎は高い建物がなく、空がプラネタリウムのように全周にひろいので、まるで空じゅうから陽光があふれおりてくるようです。午前中はモノマガジンの連載仕事。横浜国際客船ターミナルの訪問記です。うねうねと伸びる木の展望デッキ。イラストがむずかしいったらありません。お昼過ぎ講談社の横川さんくる。ぼくの最初の本「アムステルダムの犬」をつくっていただいた編集者で、ぼくと一緒に犬の着ぐるみをきて書店回りをした根性の女性です。「なきむしヒロコちゃん」の主人公ヒロコちゃんとユータくんの名は、横川母子からいただいたのです。今日はそれだけでなく、おみやげに刺身包丁をいただきました。三崎の下町、海南神社などをめぐったあと、四時半のバスですぐに帰られました。横川さん、今度ゆうた君連れで、ゆっくりいらっしゃってくださいね。晩ごはんはめといか刺し。刺身包丁がさっそく活躍。自分の腕があがったような錯覚にとらわれます。あまりもののギョーザ、きゅーりの中華サラダ。枝豆にビール。

2002年8月19日(月)
台風です台風です。風が音をたてて遠ざかり、またすぐ別の風が雨戸をゆらしています。午前中にフジテレビの短編をひとつ、これであと二話。つづけて創作にかかる。いてもたってもいられないという感じで、はなしがわき出てきます。調子にのりすぎないよう気をつけなくっちゃ。お昼に雨のなかまるいち魚店へ。夕方たぶんとりにこられないので、配達をたのみました。帰ってまた創作。ときどき窓をあけ頬に風をうけてみる。ちりちりと苦い雨です。夕方届いたのは、いさぎの天種、めといか、げそ、まぐろ刺しのおまけ。晩ごはんは天ぷらです。台風の声をききながら、じゃんじゃか揚げていきます。野菜はなす天とたまねぎ天、おくらのごま和えをつくりました。

2002年8月18日(日)
ひさしぶりに寝坊しました。お昼からスカパーで「オズボーンズ」という番組をみました。メタル歌手オジー・オズボーンの家にカメラをいれ、家族のいざこざや隣家とのけんかなどをそのまま放送するというもの。すばらしくおもしろい。オジー・オズボーンが娘に「入れ墨なんていれて、母さんがどんなに悲しむことか!」と大まじめに説教をします。けれど娘のいれたのは、お尻にかわいいハートマークをひとつだけ。オジーいわく「おれのを見てみろ!」。彼の腕は肩までぎっしり、黒魔術っぽいへんてこな入れ墨で覆われていました。こりゃ人気でるはずです。午後からツタヤオンラインの仕事。晩ごはんは、揚げ茄子、ポテトサラダ、枝豆にかんぱちの尾かしらつき塩焼き。

2002年8月17日(土)
午前中の仕事を終えてすぐ、るなめい姉妹がうちへあがってきました。夏休みプラス土曜日なのでヒマヒマなのです。みんなで昼飯をくいましたが、途中でるながふてて泣き出しました。もう慣れっこになっているので、「めし食わないなら食わなくていい」とほっておいたら、そろそろやってきて、ごはんをかっこみはじめました。素直でよろしい。食後は天神町〜諸磯方面へサイクリング。ビデオ屋で借りたジム・キャリーの「グリンチ」をみる。クリスマスのはなしとは知らず、ずいぶん時季はずれだったですが、ジム・キャリーはやはり最高の芸人でした。晩ごはんは自家製ポテトサラダ。おなじみのかます塩レモン。甘えび刺し。そして煮茄子。それから、いまのところ○○○○って伏せ字でしかいえないことをやる。ひどく酔っぱらってしまいました。

2002年8月16日(金)
柿木坂から恵比寿経由で神保町へ。集英社で「月刊プレイボーイ」来月号のためのインタビューをうけました。ぜんぜんプレイボーイではないこのぼくが。アウトドア派でも、裏の国際政治にくわしいわけでもないのに。けれどインタビュアーのかたは実に熱心で、この日記や、過去の著作まで目を通されていて、なかなかこういうインタビュアーのかたはいません。すごく嬉しくて、らあらあとしゃべりすぎてしまいずいぶん時間オーバー。取材陣のみなさん申し訳ありませんでした。お昼から笹塚で茶の稽古。「花月」という点前をひさしぶりに先輩方と。夕方辞去したあと、急遽「吹越みつる」という芸人のソロライブへいくことになる。信子さん、園子さんのお誘いです。見終わった感想。吹越さんというひとははじめてみましたが、きっと普段は、こんなにおもしろくないわけがないな、って感じ。また別のライブでたしかめなけりゃいけませんが。京急で園子さんと三崎へ。ポパイ食堂でギョーザと八宝菜。

2002年8月15日(木)
横浜でモノマガジンのための取材。六月にオープンした新国際客船ターミナルにいきました。詳細は九月のモノマガジンを参照ですが、この建物がほんと、感激するくらいかっこよかった。ぜんぶ板張りの床で、屋上がぜんぶ送迎デッキになってて、しかもその木の床が、ぐねぐねと伸び上がって波打ち、まるで海の上に立っているみたいです。全体が、折り紙みたいにつくってある。夜にいってきもちいいのは、この季節のうちでしょうね。夕方に東京へ。マガジンハウスの雑誌図書館で、このターミナルについてしらべもの。そのあと、近所に移転したマオマオ本部を訪ねてみました。うなぎ屋の三階です。噂にきく壁紙には、度肝をぬかれました。このビルの大家さんというかたが、とてもいいかたで、「若くてデザイン関係のかたが越してくるんなら」と気をきかせて、壁紙を張り替えてくれたのです。それが、みなさん、「コンクリート打ちっ放し」模様の壁紙なんですよ! なんというか、あまりにいいはなし過ぎて、たとえがおもいつきません。夜は兄と合流し、広告制作会社「オニオン」のビルお披露目パーティ。麻布十番の住宅街、ビル全体でバーベキューです。晩ごはんは、コロッケややきそばやとうもろこし。オニオン社長のたくひこさんは、ぼくの本を読んでくださっていました。兄は「広告界のヒール」なんていっていましたが、正反対の、温厚そうなかたでしたよ(でもヒールってそういうものかも)。近いうちに、三崎へ遊びにこられるとおっしゃっていました。たのしみです。夜中に辞去し、柿木坂の弟宅へ。寝る前に焼酎を麦茶割りでのむ。今日は建築めいた一日でした。

2002年8月14日(水)
今朝もフジテレビ原稿、二本目です。息をつめ、ダッシュで書き上げる。あと三本だ。お昼にゴーヤを買い東岡までいって帰ると、むかいのるなちゃんが、風でおっこちかけていたふとんを、二階まであがってとりこんどいてくれました。ありがとう、るなちん。「ふとん干したままおつかいいっちゃだめだよ!」と怒られる。反省です。洗濯物をたたんでいると、速達便がとどいて、なかみはマガジンハウスの文芸PR誌「ウフ」でした。もともとあった「鳩よ!」の路線でしょうか。そこに「クーツェ」がとりあげられてあって、たいへん光栄なおほめのことばをいただいていました。ありがたいことです。読売新聞もとどいていた。ぼくはいんちきな航海士みたいな風体で写真におさまってました。お昼にマサキから電話。きつね浜で貝とろう、ってお誘い。先にいっててもらい、二時すぎまで創作。それからバスできつね浜へ。ひじょうに波風つよく、岩にうちつけられそうになりながら、たこやあわびを探す。が、獲れず。マサキにも会えず。停留所でバスを待っていたら、うしろでクラクションが鳴り、サングラスをかけたマサキが満足げに笑っていました。なんと、あわびが獲れたのだそうです!(書いていいのかな) いや、拾ったのです!マサキんちでマリア、犬たちと再開。晩にぼくのうちで食事会、ということがきまり、自動車でおくってもらいました。途中、天神町で酔鯨の純米吟醸を一升買う。マオマオ本部に教わったように、コンピュータの修復にはげんでいると、こどもたちがあがってきて、うちの押入に隠れた。るなとひろが鬼のかくれんぼです。やつらはほっておいて魚屋へ。あわびに負けない魚、ぐじ(甘鯛)を買う。のぶさんにまた缶ビールをもらう。ゴーヤのきんぴらをつくっていたら、マサキとマリアくる。坐古さんにもらった道具であわびが獲れたんだから、ってことで、坐古夫妻もご招待。晩ごはんにでたのは、蒸しあわび、これはほんと蒸すに限りますね。ぐじ刺し、ぐじの煮付け、やはり後味がちがう。甘えび刺身三人前は、まるいちにおまけでもらった。手づかみでわしわし食べます。まぐろ刺し、これは坐古家の裏で解体されたばかりのもの。マリア作の豚シャブサラダ、しんじ作のゴーヤきんぴら。坐古さんと酔鯨をのみのみ漁と釣りのはなし。大潮のとき、たこは岩のうえで「踊る」んだそうです!

2002年8月13日(火)
朝からフジテレビ用の短編原稿。アイデアがまとまるとあっという間に書けました。まず一本、残りは四本。それからダヴィンチ誌よりの依頼原稿、風景か動物にまつわる写真集を三冊推薦し案内文をかけ、ってもの。今森光彦さんの「世界昆虫記」、「空の色と光の図鑑」、そしてロバート・フランクの「moving out」をすすめておきました。最後のは正確には風景写真集ではないんですが、このなかに収められた「氷山」の写真は、ぼくがいままでに得たあらゆる写真、絵画のなかで、一二をあらそうほど強烈な作品なのです。昼からはずっと創作。だんだんとはなしが終盤に向かいつつあるという感じがします。ただ、あともうふた波乱ぐらいはある。夕方、るなとうみうし図鑑をみる。ニューバッカスの佐藤さんから、釣りたての巨大めじなをいただく。口をあいて、生々しい感じです。晩ごはんは、長薗さんの忘れていったかます塩焼き、中華野菜いため、トマトサラダ、たこの煮付け。

2002年8月12日(月)
弟は早朝から城ヶ島へもぐりにいき、背中だけ真っ赤になって帰ってきました。シュノーケリングの特徴は、へたすると背中や肩口がずるむけになることです。なのでみなさん、夏の素潜りはTシャツをきてもぐりましょう。午前中は仕事。お昼から長薗さんくる。長薗さんは、ぼくが会社づとめしていたとき、ぼくの預かり人、保証人でした。ダヴィンチという雑誌をつくり、やめたあと、作家になりました。三崎口ででむかえ、公園の食堂で丼をくって、今日も浜諸磯へ。海で泳ぐのは二十年ぶりだという長薗さんも、素潜りにはまってしまう。シュノーケルをつけて、どざえもんのように、えんえんと浮かんでいました。波が高くなってきたので、四時には海からあがり、停留所でバスを待っていると、マサキとマリアに会いました。愛妻家の長薗さんは、まるいちの品揃えにびっくりし、かますや白むつをおみやげに買っていました。のぶさんが、太刀魚の干物をおまけにつけてくれた。晩ごはんは、まず、かます刺し。やはり塩レモンが大好評。そして、赤むつ刺し。三崎でぼくが食べた最強のさかなに、長薗さんもたいそうおどろき、衝撃をうけていました。それから、たこ刺し。赤むつ煮付け。枝豆。トマトきゅうりサラダ。しばらく二階で焼酎を飲み、「クーツェ」感想を拝聴。長薗さんは、八月末の週刊朝日に書評をかいてくださるそうです。九時半近くなり、東岡のバス停でお見送り。頭をさげるぼくの前を、にかにかと笑う長薗さんを乗せ、バスはでていきました。うちへ帰ると長薗さんは、まるいちで買った土産をすべて冷蔵庫に忘れていた。

2002年8月11日(日)
朝からるなが全開。朝の洗い物をしていると、こっそりあがってきて、二階へ弟を起こしにいく。膝に抱きついていわく「たかのりさんがいい、たかのりさんといっしょじゃなきゃヤダ」。ふだん無表情の弟もへにゃへにゃ。かわいい顔して、近所でいちばんおそろしいのは、このるななのです。日中は仕事。午後から浜諸磯へもぐりにいく。風が強いのにたくさんのテントが立っていて、ばたばたゆれていた。こどもは飛ばされそうでした。そうそう、「クーツェ」の書評が毎日のほかに産経新聞、ハナコなどにも載っているそうです。って新聞じゃもう読めないけど。晩ごはんはうるめいわし、まぐろ刺し、ミニかますの唐揚げ。枝豆、なす揚げ。深夜まで弟と、日本酒や焼酎をのむ。

2002年8月10日(土)
弟宅で起床。バスで恵比寿駅へ。みなさん、どういうわけか土曜お昼の恵比寿駅はきれいな女性が多いですねえ。ついみとれてしまうほどのひとがいっぱいいて、首が痛くなってしまいました。JRで銀座までいって、朝日名人会をみました。小三治さんの「百川」。たしか聴くのは三度目ですが、やっぱりおもしろい。すごいです。後半は、あんまり興味のない落語家ばかりなので、早々にひきあげ三崎へ。料理をし終わったころ弟がくる。晩ごはんは、甘えび刺し、アジ刺し、ミニかますの塩焼き。トマトきゅうり、インゲンのサラダ。塩から。弟は山犬のように食っていた。ふたりで焼酎をのみました。そうそう、弟は園子さんのファンであることが判明しました。園子さんは、この日は長野です。

2002年8月9日(金)
午前は創作、昼から東京でお茶の稽古です。夏はあまり格式張らず力をぬいた点前を習っています。お盆をつかって野外でする「略盆」とか。夕方は新宿でダヴィンチ編集者・関口くんと打ち合わせです。ひさしぶりでダヴィンチで連載がはじまります。十月発売。超短編小説の連載。毎回ちがった職業のひとがでてくるホラばなし。「コックの仕事場は厨房と、みなさんはおもっていましょうが、実際は、靴箱のなかへとじこもってることが多いのです」とかね。(こうご期待、といっていいものやら)。夜は写真家の弟と恵比寿の居酒屋。おくらサラダとか、レバニラとか、とうもろこしとか。ダヴィンチの関口くん、ツタヤオンラインの荻原さんが合流。それにしても、どこも冷房が寒いのには閉口した。東京の冷房のきかせかたは、ここ二、三年常軌を逸しています。夏は暑いのがあたりまえです。夏の暑いのを一寸も我慢できず、ばかみたいに室温をさげる。季節感のない日本人は、半分以上できそこないの、手抜き野郎とつくづくおもいますね。

2002年8月8日(木)
野中さんお昼に帰りました。午後から城ヶ島へもぐりにいき、帰ってから創作です。海へもぐったのに、胃腸にもたれを感じます。夜更かしのせいでしょうか。そうだ、近所の毎日新聞配達所へ、日曜の新聞があったら買いたいんだ、といいにいったら、読みさしだけれど、とただでくれました。書評欄に川本三郎さんによる「麦ふみクーツェ」評が載っていました。感激です。ものすごくほめていただいたことももちろんですが、本当に本を手に取りたくなるような絶妙な書評で、こんな名人の目にとまったことを、こころから光栄におもいました。「クーツェ」の書評はいろいろ出ているらしいのですが、田舎に住んでいるぼくは、見逃していることが多いようです。みなさん、もしみかけたら教えてください。ほめてくださったかたにお礼がいいたいので。まるいち魚店が休みなので、晩ごはんはギョーザ、焼きめしというメニューになりました。

2002年8月7日(水)
日中は創作です。野中柊さんを夕方五時三崎口で出迎える。おみやげにワイン、それにたくさんの塩をいただきました。晩ごはんは、めといか刺し、うるめいわし刺し、あなごの白焼き(ようやくうまく焼けた)、きゅうりの三杯酢、もらいもののトマト、しめさばの残り、枝豆。と、なかなか豪華です。遠くまでこられた野中さんも、ご満足いただけたのではないでしょうか。それにしても、ぼくが野中さんを連れ近所を散歩していると、おむかいの坐古さんはじめ、みなさんがいわくありげにこっちをみやります。野中さん、すみませんでした。二階にあがり、遅くまで本のはなしをしながらお酒をのみました。

2002年8月6日(火)
日中はツタヤのエッセイ。ボクシング経験のことをかきました。午後からひとりできつね浜へ。波は高いけれど水は透明で、地味な海草のなかに、いろいろなさかなを見ました。磯の岩棚に、巨大なうに群をみつけましたが、不吉な感じがして逃げました。この勘はただしかった。あとできいたら、ぜったいに触っちゃいけない「毒うに」だったのです。帰宅後に講談社の横川さんと電話。先だって日曜の毎日新聞で川本三郎さんが「クーツェ」を激賞してくださってるとのこと。おどろきです。川本さんは学生時代、たくさんの評論で、映画につけ小説につけ、たくさんの指針をくださったかたなのです。その川本さんが「クーツェ」評を。読んでみたくてうずうずしますが、ぼくは新聞をとっていないのでした。晩ごはんは青いカニのみそ汁、自家製しめさば、ほうれん草のおしたし、枝豆にトマト、そしてジャジャーン! 新さんまの塩焼きが早くも登場。まるいちのおかみさんに「初物は、とにかくたべとかなくっちゃ」とすすめられたのです。うちに住むまぼろしの猫たちは、にゃあにゃあとむさぼって、もう気がちがったように嬉しげ。二階で机に両足をのせラムを飲んでいると、先輩作家の野中柊さんより電話がある。明日あそびにこられるとのこと。

2002年8月5日(月)
朝からモノマガジンの原稿。「ソーダポップ」という別冊がでる予定で、これはおもに十代の女のこを対象にしているのですが、ぼくはそこへ「きみのお父さんとお母さんがきみと同い年だったころ」というエッセイをかきました(前にも触れましたね)。お湯でとくリンスとかマキシコートだとか、かいてる自分がノスタルジックになってしまった。昼からは、園子さんときつね浜でスキンダイビング。少し波はありましたが、そのほうが海草がゆれにゆれて楽しい。深くもぐって海底にへばりつく練習をしました。夕方の四時、歩いて天神町、そこからバス。帰って早々に晩ごはんならぬ夕方ごはん。おとといのタイカレーとレタスのサラダです。なぜこんな早いかというと、花火大会があるから。三崎口のとなり三浦海岸駅はゆかたの少女でいっぱい(二十万人近く)。砂浜にみんなべたっとすわって、沖合からあがる三千発の花火をみるのです。正直いうと、ぼくは花火大会にいくのがこれがはじめてなんです。季節の情緒とか無縁だったし、浅草時代はマンションの両側であがっていて、わざわざいく必要を感じませんでしたし。ともあれ三浦海岸納涼花火はとてもきれいなものでした。たてつづけに海中にうちこむ水中花火ってのもあった(さかなは気絶しないのかな)。最後まで堪能したあと帰宅。夜食に枝豆、いんげんまめ、トマトサラダ、五目の煎りとうふ。うちじゅうの窓を全開です。蚊取り線香の香りがすずしい夜風にのってうちじゅうを渡っていきます。

2002年8月4日(日)
午前中は創作。昼から城ヶ島の水ったれで素潜りをしました。プレジャーボートが沖をいきすぎるたび、大波がうち寄せてきて、さらわれそうになる。こわこわです。バスで帰ってきて茹でとうもろこしにビール。ちょっと昼寝をしました。晩ごはんは、出世魚ぶりの子供、いなだの刺身。身がしまっていて、あぶらの乗り具合もちょうどいい。お向かいの坐古さんと、ニューバッカスの佐藤さんから、まぐろの血合いをいただきました。小分けにしてラップでくるみ、すべて冷凍保存します。これで当分、くいっぱぐれる心配がなくなった。ちゃぶ台でごはんをたべていると、隣組の池田さんちの奥さんがトマトをもってきてくれる。トマトって、枝付きのまま熟したのがいちばんおいしいのだそうです(そのとおりだった)。うまいうまい、とトマトをむさぼっていると、またまた池田さんちの奥さんが玄関先へやってくる。「これうまいよ」とにっこり笑い、しぼりたてバナナジュースをさしだしました。

2002年8月3日(土)
さんさん太陽さん。しかし三崎をあとにし、京急で浅草へ。ギャラリーefで、琵琶奏者友吉鶴心さんのレクチャー&演奏会。琵琶の曲は「湖水乗切」でした。三崎ののぶさんにいただいたすいかを、お客さんたちにふるまいます。みたこともない巨大なすいかに(園子さんとふたりで運んだ)、みんな仰天、その甘さにもおどろいていました。のぶさんありがとうございます。夕方早くに浅草を発ち、夜の三崎へ。かわいた風がきもちいいです。晩ごはんは、なすといんげんとエリンギのはいったタイカレー。そういえば三崎の晩ごはんでカレーライスははじめてですね。それから、とれたばかりのアジたたきを坐古さんよりいただいた。うちの前で釣れたアジです。そう、アジが獲れるようになったのです。これで我が家の家計も好転していくことでしょう。しめしめ。

2002年8月2日(金)
お昼からお茶。東京は大嵐です。真っ暗な空がたわむかのような強風。こんな日は早く帰りましょ、ってんで、品川で園子さんと合流。三崎に近づくにつれ嵐がやんでくる。まるいちののぶさんに缶ビールをいただく。園子さんはもうのぶさんにぞっこんです。晩ごはんは、ひこいわしの酢の物。これは失敗した。すごく塩辛かった!塩をていねいに洗い流さないといけないようです。たこぶつ塩焼きにレモン。冷やし山芋豆腐。ゴーヤのきんぴらにいんげんのサラダ。冷凍しておいたするめの肝を園子さんにすすめてみた。一口なめるや、顔が猫のようになってしまいました。

2002年8月1日(木)
朝から海へ。大城くんは沖縄うまれですが、あまり地元ではもぐらなかった。東京で会うひとたちのほうがかえって、旅行やなんかで沖縄にはくわしいそうで、本をとりよせてふるさとの勉強をしたんだそうです(そういうのよくわかる)。きつね浜は密猟者でいっぱいでした。ぼくが無邪気にもぐっていると、もりをつんだ漁船が近寄ってきて、赤焼けした漁師に「なにか獲ってんのか」と尋問されました。「いえいえ」と首をふる。「キャンプのやつらがいっとう怪しいんだ。獲っちゃだめだぞ」「だから獲ってないって」・・・とこぶしとか、必死で獲ろうとはしてるのに、一個さえまだ獲れない自分がかなしい。まわりの密猟者はナイフを背中にかくし「たこみてるんだよ」といっていた。すごいいいわけ。浜諸磯の停留所でバスを待っていると、おしゃれで元気なおばあさんにバナナをもらいました。きけば84歳とのこと。バナナをたべながら、たっぷりとお孫さん自慢を拝聴しました。大城くんが帰ったあと、少し昼寝。夕方起きだしてレコードの整理。晩ごはんは、肉野菜いため、納豆、キャベツ千切りにトマト。なんてシンプル。

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いしいしんじ

いしいしんじ氏の「麦ふみクーツェ」、坪田譲治文学賞を受賞しました!!

【PROFILE】
作家・イラストレーター。大阪出身、京都育ち。現在、三浦半島の三崎在住。著書『アムステルダムの犬』(講談社)、『とーきょー いしい あるき』(東京書籍)、『その辺の問題』(中島らも共著 角川書店)、『グレートピープル。ストレンジ。』(日之出出版)、『ぶらんこ乗り』(理論社)などがある。お酒好き。メカおんち。最近の新刊は、『トリツカレ男』(ビリケン出版)、『人生を救え!』(町田 康共著/毎日新聞社)など。左手親指の包帯は料理中につくった傷。六針縫った。

【e-mail address】
mail@mao2.net


【青山ブックセンター・インターネットショップ】

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『プラネタリウムのふたご』最新刊(講談社)

『麦ふみクーツェ』(理論社)

『トリツカレ男』(ビリケン出版)
いしいしんじさんの新刊長編『プラネタリウムのふたご』が、青山ブックセンター・インターネットショップで紹介されています。

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いしいしんじ