
2003年8月
2003年8月26日(火)
六時起床。空はまだら模様の薄曇りです。午前中は創作。主人公の名前というものすごく基本的なところがようやく腑に落ちる。ミーツのイラスト制作。ジェイノベルズゲラ直し。それからある雑誌で、とある人物の特集記事を作るので、そのひとの紹介エピソードを書いてほしいといわれる。三十分で書いてしまう。夕方は、カルメンやナブッコなど歌の練習。フランス人、イタリア人になりきって歌う。まるいちでのぶさんに「おう、赤いのやんべ」といわれ、何かな、何かな、と待っていたら、「ああ、赤いのがねえ。銀色のでもいいよな」と、アサヒスーパードライの缶を差し出されました。女たちのジャムがビールにかわった! すだちが届いたんですけど、と相談すると、すだちにはムツの塩焼きだよ、と教えてもらう。大阪地方大雨で阪神対読売の試合お流れ。晩ごはんは牡丹のチャーシュー、ゆでアスパラ、焼きトマトマリネ。酢蛸。ムツの塩焼きは、すだちをかけるともう別世界のおいしさで、いやはやびっくらこきました。焼酎を切らしたので、しばらく取っておいた植田さんお持たせのウイスキーをひさしぶりになめる。酔って真夜中に二階座敷で、またもやナブッコを朗々と喉ふるわせて歌う。外は急に雨です。園子さんに電話をかけ、「ジャムは大好評で、これなら売れるといっていた。実際まるいちでは店でひとさじずつ売っていた」というと、「どうしてそんな嘘をつくのか」と怒られた。
2003年8月25日(月)
五時前に起床。青空が広がっていますが、どこか夏本番の日差しとはちがう。やはり残暑の太陽です。朝から、たまっていた日記の整理、会員誌「どうぶつと動物園」用の原稿。これは東京都動物園協会が出しているもので、ぼくはもう何年間もこの協会の会員です。「ぶらんこ乗り」を書くとき、非常にお世話になりました。毎月出している会報が「どうぶつと動物園」で、上野や多摩、あるいは世界じゅうの動物園で何がうまれた、最近こういうとりくみをしているなど、興味深いトピックがいっぱいです。都内の各動物園(上野、多摩、井の頭、葛西)に申し込み用紙がおいてあります。もちろん日本どこに住んでいても入れますよ。午後から潜りに行こうかと思っていたのですが、風が強いのでやめです。それに、依頼原稿がすべて終わったこともあって、今日からようやく創作に戻れるのです。ずいぶん日があいてしまったので、もう一度最初からやりなおし。といって、出だしはもう決まっているので、遠洋航海の船が港を出て行くように、ゆったりとした気分で進めていきます。松本から味噌とブルーベリー工場の女たちが作ったジャムが届きました。ジャムはまるいちへもっていく。晩ごはんはゆうべニューバッカスの佐藤さんにいただいたさんま棒寿司。めだいの煮付け。ししとうの松本味噌いため。じゃこおろし。棒寿司、棒でなぐられたくらいおいしい。日中は今年いちばんくらいの暑さだったのに、夜は窓から冷えた空気がしのびこむ。サッシ戸を全部しめて寝ます。
2003年8月24日(日)
朝五時にはもう鈴虫から蝉にバトンタッチ。きのうにつづいて好天ですが、風強く、暑気もねっとりしています。洗濯シリーズも最終段階にはいり、ワイシャツを何枚かクリーニングへ出すだけとなった。押入のクロスは洗って貼りなおし、分解した戸棚はすみずみまで拭いた。すべてに防カビ防臭スプレーを浴びせます。やはり日本家屋の一階、しかも北側の部屋は特別気をつけなくちゃいけませんね。三ヶ月に一度は総点検が必要です。ちょっと昼寝をして、午後からは長編資料の整理。といって、買ってきた本を読んでいるだけですが。そのうち北条湾の対岸から、盆おどりの音楽が聞こえてきた(まだ明るいのに)。カラオケ大会もはじまった(まだ明るいのに)。ぼくは台所で料理をしながらヴェルディ作曲「我が思いよ、金色の翼に乗って」を所々つっかえながら歌う。来週末までに完璧に暗譜してないといけないのです。歌ってる最中、ニューバッカスの佐藤さんが、よう、と片手をあげながら、去年につづき手製サンマ棒寿司をもってきてくださった。茄子漬け物がサンマ寿司にかわった! 佐藤さんいつもいつもありがとうございます。晩ごはんはめだいの刺身、ゴーヤとチャーシューの中華炒め、しらすおろし、めだい塩焼き。洗い物をしているといつのまにかカラオケ大会おわっていた。鈴虫の時間がはじまっていました。
2003年8月23日(土)
今年いちばんの天気。気もそぞろに洗濯をし、素潜り道具を引っ張り出します。九時のバスで諸磯へ。ところがたいへん水濁っており残念。風と波が強いせいでしょう。民宿に泊まっている中年夫婦と、この浜はいいねえ、という話をする。お昼前にバス停留所で、懐かしいおばあさんと会う。去年この同じ場所で、ぼくと大城くんにバナナをくれたおばあさんです。話はまたすばらしいお孫さんのこと。お昼ごはんの支度をしてくれてるという。「世界じゅうさがしたって、あんな孫はいないよ」。バスを公園でおりると、正午の太陽はまだすばらしい輝きを放っています。まるいちにいき、赤むつ、佐島しらす、あさりを購入。中華店牡丹の前を通りかかると、ちょうどチャーシューが完成したところだったので、それも購入。お昼ごはんに、茄子、チャーシュー、しらすを並べたら、どうしようもなくうずうずとして、ビール大瓶をあけてしまいました! 夏祝い、素潜り祝いです。ウール類の洗濯をして、お昼から今度はバスに乗ります。すごく混んでいるなかを、オーシャンフロントのゆうちゃんがかきわけてくる。とあるミュージシャンのコンサートにでかけるところで、しかも野外コンサートとのことで、たいへんウキウキとしていました。横須賀でおり、長編の資料あさり。レコード屋でメイシー・グレイという女性ミュージシャンのCDを購入。ペット屋にいくと、去年と同じように子犬がガラスケースにとじこめられていました。成犬まで育った柴犬のケースに「価格要相談」と書かれてあり、ぼくは胸が苦しくなった。犬をめぐる状況はいまたいへんみじめだと思う。通りかかった古本屋で自立犬スヌーピーのペーパーバックを購入。市場でゴーヤと生姜も購入。帰ってくると、空がオレンジと紫の帯になっている。三崎の夕風をうしろから浴び、カルメンとヴェルディを小声で、だんだん大きな声でうたいながら歩いていく。晩ごはんは、赤むつ刺、ゴーヤのきんぴら、茄子、大根おろしと佐島しらす、赤むつあら煮付け。メイシー・グレイをかけてスヌーピーを読む。すばらしい夏の休日。外ではいま蝉でなく鈴虫が鳴いています。
2003年8月22日(金)
朝から探検隊発表。十いくつのそれぞれがいい発表だった。子どもにとって三崎あたりは理想的なすみかだということがあらためてわかる。海はある森はある。神社やお寺がそこいらにある。防空壕跡、史跡、下町や飲屋街。そして大人がみんな適度にゆるい。帰りに長い坂道をくだりながら、クマゼミの鳴き声を見あげました。乗鞍とはちがう、海まじりの緑のにおい。いまごろやっと三崎の本格的夏です。帰って大洗濯パート2,パート3。たまっているゲラ直しすべて完了。早めに風呂にはいり、野球をつけながら晩ごはんの支度をします。とびうおの刺身、めといか刺身。トーフチャンプルー、茄子、とびうお塩焼き。大根おろし大量。
2003年8月21日(木)
朝八時過ぎ三崎小学校へ。市役所のイベント「みうらっ子探検隊」への参加を頼まれたのです。三浦市の小学生が十幾つのチームにわかれ、それぞれテーマをもって、三浦のあちこちを探検してまわるというもの。ぼくはそのうちの一つで「副隊長」をやることになった。といって、越してまだ二年足らずですから、いちばん無知な隊員かもしれません。学校にいくと「童話作家」と紹介を受けた。童話なんて書いたことないっちゅうのに。男の子五名、隊長の加藤さん、ぼくの都合七人で埠頭や超低温冷蔵庫、埋め立て地などをまわる。よく晴れていて、夏休みの自由研究にはぴったり。しかし三時間歩きまわるとさすがに疲労。プール近くの磯で獲物が得られるとは知らなかった。今度ぜひいってみよう。午後からは探検のまとめ。子どもたちめいめいが小さな紙にいろいろ気づいたことを書き出し、それをおとながパソコンでプレゼンテーション用にまとめる。ぼくの頃は、大きな模造紙にみんな腹這いになって、マジックでいろいろ書いたものでした(夏のシャツにはよくインキが付いてた)。床に写るとぶん殴られたりした。あ、マジックをなめるという罰ゲームもありました。自分の子ども時代をふりかえって考えると、いまの子どもたちがずいぶん礼儀ただしく、また、いろいろ洗練されているのに驚きます。そのぶん野性味が薄れた、という見方もできるけど、現実の両親や先生たちにしてみりゃあ、野性味なんてあっても面倒なだけですからね。親も先生も洗練の度を高めているのですから。帰ってダヴィンチのイラスト、いくつかの雑誌のゲラ直し。そしてひきつづき大洗濯。文春の岡みどりさんより新潟の梨茄子漬け物いただく。すごくおいしく、近所へおすそわけをする。岡さんありがとう。そしてごちそうさまでした。角川の松崎さんより短編のことで電話。晩ごはんはいんちき八宝菜。ピーマンマリネ。冷や奴。茄子。脚がめちゃくちゃだるく風呂のなかにぶくぶくと沈む。
2003年8月20日(水)
お昼に京急の金沢文庫駅へはじめて行く。空の広い街です。青空が広がっている。が、まわりにはうっすら雲が出ていました。消えろ、消え失せろ、と念を送りながら帰宅。本腰いれてカビ対策にかかります。まず押入のものをすべて取り出し、壁や板をごしごしと磨く。戸棚は引き抜き天日干し、衣類はすべて順次洗濯機にかけていく。今日一日ですべて片づくわけがありません。洗濯機二度まわして角川の原稿つづきにとりかかる。ごはんを抜いて書く。深夜ようやく書き終わってまぐろ漬け丼。納豆。トマト。夜空に星が出ています。星を見あげるのはひょっとして宮古島以来かもしれません。
2003年8月19日(火)
朝おにぎりとゆうべもらったまぐろを食べ、八時から二階座敷で対談つづき。座っておちついて話すと対話はするすると流れていく。どうして最初からこうしなかったんだ、そうそう、歩きながら対談って、あらかじめ決まっていたんですよ、とお互いに苦笑です。町田さんと孝典お昼に東京へ帰る。こちらは昼から、すごくかびくさくなってきた押入の整理。雨のつづく間って意外にかびくさくはならないもので、生えた部分が乾きはじめると、家のなかは俄然かびくさくなる。やっと第二の梅雨明けだろうか、って思っていると、夕日が射してきました。こないだの逆さ雨乞いが効いたのでしょう。たかとがゴルフやろう、と呼びにきて驚く。野球ボールと傘の柄で路上ゴルフをやりました。どんどん空が青くなってくる。ご機嫌でまるいちへ行き、坂田明さん宅へエビなど大漁旗がえしを送ります。晩ごはんは、朝のうち買った透明めといか刺。さんま塩焼。納豆。きゅうりの漬け物。大根おろし大量。銀行のキャッシュカードが、再発行手続き三週間経っても届かないので電話してみると、ぼくの書いた住所の数字5をコンピュータが3と読みちがえていた、住所と名前が合致しないとカードが届かない、との由。それじゃあ、合致しなかったことを、まずこちらに知らせるべきだろうというと、先方、そのお知らせをどうしてしなかったか確認し、のちほどお電話をします、と返事。ぼくはさすがに呆れました。コンピュータだけに読みとりを任せ、顧客の住所を勝手に間違えて、って、それって銀行があほだということでしょう。またそれを、こちらが電話するまでほったらかしにしていたという、なんという手抜き仕事。「のちほど電話などしないでいいから、早いとこ再発行手続きにかかってほしい」とだけいっておきました。合併騒ぎなどあって以降、銀行の顧客対応は、あきらかにだめになっています。今回の銀行はUFJですが、三和銀行のころは、他にくらべてもていねいな接客をしていたと思う。こういうのは一時が万事です。次にうっとうしい思いをしたら、即刻郵便貯金に鞍替えしようと決めました。
2003年8月18日(月)
朝から京急で浅草へ。雷門で町田さん、弟孝典と合流。路上対談パート2です。以前住んでいた吾妻橋のマンションを訪ね、また京急に乗って一同三崎へ。露地や埠頭を歩きながら「魚介類」「大人」「引っ越し」などを題材にえんえんと対談。前回とあわせ軽く十時間を越えているでしょう。いったん録音機を止め晩ごはん。めといか刺、あじ刺、とこぶしの炊いたん。冷やしトマト。鯛の尾頭付き。三人でモチクへ行き、佐々木さんのお話を伺う。帰り際、いつものようにまぐろと天ぷら油をいただきました。町田さん一階の四畳半でにう。ぼくと孝典は二階で焼酎を飲んでにう。
2003年8月17日(日)
薄曇りで、ときどき薄日も射すので、あわてて洗濯。しかし干してもほとんど乾きません。角川の短編アイデア、いいのが浮かんだのですぐに書きはじめる。半分ぐらいで中断。これが終われば、やっとこさ創作に本腰を入れられることでしょう。夕方からどんどこと火薬の音。金曜の予定だった花火大会が本日に順延になっていたのです。めいが牛乳をふりながら玄関にはいってきて、「こうしとくとバターになるんだよ」と教えてくれる。休み明けのまるいちへ挨拶に行きます。おかみさんとベテラン風のお客さんに「きすがいいわよ」「塩焼きがうまいだよ」と合唱でいわれ、押し出されるようにきす、そしてひさしぶりのめといか。そのうちバシンバシンと花火があがりはじめる。霧雨の落ちてくるなかを、バシン、バシン! 正直、ぼくは花火の轟音があまり好きではありません(浅草時代、間近で聞きすぎた)。なので家で野球をつけながら料理です。晩ごはんはめとの刺身、きすの刺身、トーフチャンプルー、きすの塩焼き、アスパラの煮浸し。夜中に戸をあけはなつと、道路も家のなかへも、雨上がりのにおいがただよってきました。もうしばらく雨はふらないでほしい。世界じゅうの雨乞いたちに逆立ちして踊っていてほしい。
2003年8月16日(土)
本日もずっと雨。泣きたくなります。お昼からミーツの原稿。中国人のもっていたふしぎな携帯電話について書きました。園子さんの電話によれば、松本では日中陽ざしがもどり、ブルーベリー工場の女たちが「すべて煙よ」「すべて煙よ」と歌いながらブルーベリーを摘んでいたそうです。晩ごはんは茄子麻婆。冷や奴。ゆでとうもろこし。納豆。阪神は井川投手がすばらしいピッチングで読売に十八年ぶりの年間勝ち越しを決める。じめじめと鬱陶しいので薬を飲んで寝てしまう。薬とはこの場合レモン湯割焼酎を指します。
2003年8月15日(金)
終日モノの原稿。ものすごい雨音が家じゅうに響いています。ああ屋根を補修しておいてよかった。しかしこれがお盆か。まさか一年に二度梅雨が来るとは考えもしませんでした。夏が好きなぼくは、誰かに夏をごまかされたような、鬱々と恨みがましい気分にひたっています。読売対阪神の初戦、上原投手がものすごくいいテンポの投球で完投。東京ドームのなかだけはまるで四月のようでした。晩ごはんは牛を焼いて青椒牛肉絲。焼きとうもろこしに、めいからもらったゴーヤのきんぴらと、坐古家よりの到来ものセットです。夜は新潮七月号に載っていた小川洋子さんの「博士の愛した数式」をやっと読む。薄暗がりっぽい愛情に充ち満ちたいい小説でした。
2003年8月14日(木)
ひどく頭痛がするので二日酔いかとおもったらひどく寒いのでした。スーパーのおじさんが「70何年生きてきてこんな寒さははじめてだ」と震えながらいっていた。イワノさんによると十月下旬の気候だそうです。午前にモノの原稿。あんまり寒いのでなかなか進まず。お昼からゆうちゃんとまたサイン本づくりです(今日はもちろんアイスクリームどころじゃない)。「ぶらんこ乗り」と「クーツェ」、いまどれぐらいの刷数か、何の気なしに巻末をめくって驚いた。どちらもなんと6刷目でした。夕方、先日テレビでお世話になったサックス奏者の坂田明さんより手ぬぐいとCDが届く。大漁旗デザインなので、こちらも何か海にまつわるものでお礼をしなくちゃ。それにしても寒くて、トレーナーの上にジャージ着ています。モノのイラストはしあがりました。晩ごはんはアジ唐揚げ、かますの塩焼き、ゆでとうもろこし。納豆。冷や奴用に買った豆腐を昆布だしの湯豆腐にしました。お酒は熱燗。
2003年8月13日(水)
思ったより二日酔いじゃありませんでした。薄曇りのなかダヴィンチ用の短編を書くと、思ったよりすばらしいのができました。来月号に載りますから、みなさん、是非ご期待ください。夜になって急に寒くなる。小雨まで降ってくる始末です。坐古家ひさしぶりに玄関にそろって雨宿り。まるいちは明日から三日間、お盆休みに入ります。晩ごはんはかます塩レモン、げその唐揚げ、アジの南蛮漬け、トマトサラダ、ししとうの味噌炒め、焼き茄子。
2003年8月12日(火)
雲間から薄日がのぞく天気。朝から掃除洗濯スヌーピー。そして雑誌「クウネル」の取材です。ちょっと遅い朝ごはんという設定でごはんの撮影。かますの干物と冷やしトマト。取材を受けながらぱくぱくと食べます(クウネルだけど寝はしなかった)。それから連載原稿のアイデア出し。今月は依頼原稿が多くてじっくり考えられずにいました。夕方、古い年下の友人久住川くん来る。ひさしぶりの再会です。太った、というよりからだが分厚くなり、坊主頭、ひげをたくわえ、まるで外国人のよう。彼が単身赴任していた三島をぼくは1998年ごろ一人で訪ね、そこで楽しく自炊する姿にずいぶん感心をし、自分も自炊しようと思ったのですから、いってみれば久住川くんはごはん日記の産みの親みたいな存在なのです。坐古家をいっしょに訪ねるとめいが菜園で育てたゴーヤをくれた。るなはとうもろこしを三本もって後で追いかけてきました。晩ごはんは甘鯛、うるめ、あじ、めといかの刺身盛、めざしをあぶり、枝豆、揚げ茄子、三浦のトマト。お酒を飲みながら、某公団の裏話をいろいろと聞く。十二時ごろ久住川くんタクシーで帰宅。ぼくも木のように倒れぐうぐうとにう。
2003年8月11日(月)
松本から朝九時発のバスで新宿へ。神保町経由で御成門の東京プリンスホテル、一階の豪儀なバー。本を紹介するテレビ番組の収録があるのです。司会はサックス奏者の坂田明さん、作曲家の中村幸代さん。前半は「ふたご」について、後半はぼくについて、というプログラム。若いころジャマイカで山賊に遭った話、三崎に熊が出てびっくらたまげた話など、文学と関係ない話題でずいぶんもりあがる。豪華なハイヤー(中村さんに便乗)で品川駅。三崎着が午後六時。なんとかまるいちに駆けこんで、明日の取材用かます開きを買う。とてもいい干物で、うう、と唾を飲み込みながら、今日はポパイ食堂で外食をしました。メニューは冷やし中華と餃子。ひさしぶりの冷やしはうまいなあ。新潮の須貝さんより保坂和志さん新刊「カンバセイション・ピース」が届く。配本の日に書店で見かけ、すぐに買おうと思ったらお金がなくて残念至極な思いをした本です。読むのがたのしみでたまりません。須貝さんいつもありがとうございます。ところで本にはパンダのキーホルダーが付いていました。「新潮文庫の百冊」のおまけで、売れっ子のイラストレーターのかたがデザインしたのです。なぜ知っているかというと、園子さんがこのイラストレーターのTシャツをたくさん持っていて、今度のパンダはこのひとなのだ、と教えてくれたのです。ぼくはこのかたの描く人物群像が「ゆうれい」に見えてしかたありません。悪気のないゆうれいというか。パンダもはかなさが漂っていて実にすばらしい出来です。
2003年8月10日(日)
朝から歌の練習。今日はパートごとに、男女ごちゃごちゃにすわりました。もっと異性を意識して歌うように、というカルメン的配慮でしょう(まわりによけい幻滅したりして)。練習が終わって、街はずれの川土手へ花火を見に行く。はじまると聞いていた時刻より一時間近くあとにようやく花火あがる。それぞれの玉のスポンサー紹介がおもしろい。田舎の花火はシンプルで、ぱんぱんぱーん、と鳴ったらあまり後腐れがない。晩ごはんは夜空を見あげながら焼きトウモロコシ、枝豆、焼きそば。だんだん川縁は寒くなってきて、同行したまぼろしの猫たちもふるえています。帰宅してお風呂。寒い寒いとこぼすと園子さんトマトのオムレツを作ってくれる。お湯割り焼酎を飲んでふうと落ち着く。
2003年8月9日(土)
早朝から乗鞍以上の土砂降りです。台風が来ているらしい。ズボンの裾をまくりあげてタクシーに乗りこみ、ホテル花月へ。植田さんと近場のひかり食堂にはいりやきそばを食べました。風格のある食堂でおかみさんの立ちふるまいが非常に上品だった。雨が降ってちゃしょうがないので古い映画館にはいり(松本は古い映画館だらけ)、マトリックス・リローデッドを見ました。植田さんもぼくも、げらげらと大笑いしながら見た。以前この映画を見たとある方が、あれはマトリックスの一本目を見てなくてもぜんぜんオッケー、といっていましたが、それは、見ていようが見ていまいがたいして関係ない、という意味だったのですね。ぼくはSFの天才バカボンだと思った。外に出ると雨があがっていたので松本城へのぼる。狭い階段、武者隠しなど、前とはまた違ったところに目がいきます。ふんどし一丁で馬に乗り、火縄銃を構えている男の絵。「裸でガンを持つ男ですね」というと、植田さん大いに喜んでいた。いったんホテル花月へもどり、荷物をうけ出したあと、縄手通りの居酒屋いわなで別れの乾杯。植田さん三日間、雨風に見舞われ、ほんとうにお疲れさま、そして有り難うございました。とお礼をいって枝豆、しめさば。途中で園子さん合流。大きな四つ角で植田さんを見送ったあと、うちに帰って晩ごはん。虫に似た桜海老と一緒に煮た茄子、納豆のワンタン揚げ、アボカドサラダ、いかと黄ピーマンの中華炒め。インターネットで不動産情報を見ていたら、松本市内にものすごく立派な庭付きの、大家族用の日本家が賃貸に出ていて、家賃十万円でした。広さ半分で家賃半分のはないのかな。地下水のしみでるアパートでねう。
2003年8月8日(金)
五時に目覚め、薄もやのなかひとり外に出ます。雲の切れ間に朝日が見えた。少し散歩して宿に戻り二度寝をしました。カッパを着て出発。宿を出て三分ですでに大雨に見舞われます。森の小径にはいるともう土砂降りに。斜めにかしいだ木の幹のかげで大雨を避ける。雨音。土のはねあがる音。みどりのにおい。小雨になってきたので小径を歩き出し、善五郎滝へ。巨大流しそうめんのように純白で見事な滝でした。お昼前、山の上の「休暇村」到着。びしょびしょの服を着替え、コーヒーを飲んでしまうと、もはや雨のなかへ突っこんでいく勇気などどこからもわいてきません。バスでJR新島々駅へ。そばを食べて松本へもどる。もどるなり好天です。ホテル花月で植田さん荷物をあずけ、街なかをぶらぶらし、旧制松本高校跡のあがたの森公園へ。おばさんのコーラスや出店が出ていました。そのまま徒歩で本郷工房へ。先生にすいかをごちそうになりました。園子さんちでお風呂にはいり、植田さんと再度、ホテル花月で合流。晩ごはんは居酒屋しづかで馬刺、湯どうふ、鯉の甘煮、わらびおしたし、ゆでアスパラなど。落語の話などする。夜の松本城を横目にふらふらと自転車で帰る。
2003年8月7日(木)
朝タクシーで三崎口へ向かっていると待ち伏せ警官に止められました。15キロオーバー。警官は早朝のタクシーをつかまえるより他にすることあるんじゃないのか。新宿バスターミナルで絵描きの植田さんと合流。バスで松本へ。三十分遅れで、本郷先生や園子さんのライトバンに乗り継ぎ。乗鞍の「犬飼のおじさん」ちへ向かいました(「長七親分」と異名がついていた)。ものすごい林道をのぼっていくと、犬の吠え声がした。親分の家です。犬が十数頭います。親分は犬のことを「ひとり、ふたり」と数えていました。水道の水は山のわき水で、何本もあるホースからえんえん流しっぱなし。そこで冷やしたとりたてのトマト、漬け物などをごちそうになりました。親分はもともと四国から京都に引っ越し、そして現在は乗鞍の小屋で犬たちと暮らしている。帰りしなにとうもろこし、夏だいこん、じゃがいもなどを畑からもってきて大量にくれました。いい訪問だった。それから先生運転で高原ドライブ。だんだん天気悪くなってきます。福島屋という宿についた途端、小雨が降り始めました。山小屋のなかに和室と洋室を組み込んだようないい部屋です。先生たちを見送って後、植田さんと黙って森の小径を散策。すばらしい音に引き寄せられて進むと、水のいいにおいがしてきて、やがてしぶきのあがる渓流に出ました。かかっている橋は「オルガン橋」という。満足して宿へ。白い温泉にのんびり入り、畳でくつろぎます。晩ごはんは牛肉の味噌焼き。山芋の千切り、鴨のロースト、さわらの塩焼き(そういえば部屋の名前もなぜか「さわら」という)。部屋にもどり真澄で酔っぱらう。自分のいちばん好きな映画は「サボテンブラザーズ」です、というと植田さん非常に喜んでくれました。
2003年8月6日(水)
京急線汐入駅でモノ黒田さんと待ち合わせ。横須賀の寿司屋で、イタリア旅行の土産ばなしをきく。そういえばレオナルドの家族が吉祥寺に来るっていっていた。日本の感想をきいてみたい。さておき、追浜駅から国立海洋センターへ、モノマガジンの取材にいく。深海艇「しんかい6500」やその母船「よこすか」を案内してもらう。すばらしい見学ツアー。山田稔さんほんとうにありがとうございます。「しんかい」の乗務員席は内径2メートルの球で、そこへビニールの座布団を敷き、パイロット、副パイロット、研究者の三名が乗り込む。そして、海へ没して探査、ふたたび海上へあがるまで、およそ8時間をともに過ごすのです。閉所恐怖のもちぬしは「しんかい」には乗れません。追浜で黒田さんと別れ、京急で三崎へ。うちへ戻り洗濯物干す(忘れていたんです)。まるいちで鯛を買い、晩ごはんはげそのトマトスパゲティ、鯛の香草ワイン蒸し、冷やしトマト。さて、いよいよ明日は乗鞍の森です。
2003年8月5日(火)
朝からまたいい天気です。掃除洗濯。ジェイノベルという雑誌のため短いエッセイ。宮古島でのふしぎな体験について書きました。近所で高校野球ラジオ放送が響いている。窓から身を乗り出してみると、縁台におじいさんがラジオを置き居眠りをしていました。その前で小学生がふたりラジオを聞いていた。晩ごはんは、いただきもののトマト、ポテトサラダ。アジのからあげ、あさりのさかむし、伊勢エビの浜汁で、まぼろしの猫たちのご機嫌をうかがいます。うまくいったようです。
2003年8月4日(月)
朝から掃除洗濯。突然ものすごくいい天気になりました。街じゅうがオレンジ色に笑っている。ふとんも座布団もうれしそうです。長野行きの件で本郷工房、絵描きの植田さんと連絡とりあう。午後に文春の岡みどりさん、文學界の山下さん来られる。シャンパンをお土産にいただきました。ありがとうございます。冷たい抹茶、いろいろ本のはなし。夕方みんなでまるいちへ行く。晩ごはんは、好天のあまり気がおかしくなった。まず三崎の「風」(とげとげの例のもの)、二日前解禁になったばかりの伊勢エビの刺身。さらにめといか刺、今がまさに旬のアジの刺身。エビのうまさのあまり二度死にかけました。岡さん、山下さんも涙をふきながら召し上がっていた。おもたせのシャンパンもあけて大興奮です。夜九時ごろタクシーを呼ぶ。いったん家の前を行きすぎ、急にバックしてきたタクシーにひかれそうになった。三崎の夏はぜいたくに更けていきます。天井裏からまぼろしの猫の恨み節がきこえてくる。
2003年8月3日(日)
明け方、蚊に悩まされる。東京の蚊は三崎より強力です(いろんなことに免疫があるのかも)。お昼前に先輩作家の千葉望さんとルノアールで待ち合わせ。いいですね、日曜のお昼、ルノアールで。園子さん、講座の生徒のように漢方のはなしを拝聴。千葉さんはヘップバーンのように、あるいは「ど根性ガエル」のヒロシのようにサングラスを頭に乗せつつ、いろいろと親身に教えてくださいました。ぼくはその横で、ルノアールの内装って誰かのすごい夢みたいだ、などと思っていた。生け簀には金魚がいますしね。ぼくの表情が目にはいったのか、千葉さんに、あなたいずれ実篤のようにぼけたらいいわね、といわれる。それから池袋演芸場へ、ひさしぶりに落語にいく。超満員で、百数十人近くもはいっていたでしょう。志ん朝が火焔太鼓をやった日以来かな。花緑というどうしようもないの以外はおおむねいい会だった。客席の熱気が伝わったのでしょう、小三治の野ざらし、いつも以上に盛り上がりました。幕が下りてから入り口にぼさっと立っていると、読者のかたに声をかけられた。友達とふたりで落語に来られていたようです。ふたりともきれいなかたで、ぼくは内心とても緊張してしまいました。ありがとうございます。小三治さんのファンだったらいいんですけれど。園子さん一家とタカシマヤの名食堂で待ち合わせ。晩ごはんはうな重。園子さんはじめみんな、それぞれのお皿を分けて召し上がっていた。仲良きことは美しきかな。別れて三崎に戻るとちゅう京急線のなかで、園子さんの漢方資料をすべて持ってきてしまったのに気づく。
2003年8月2日(土)
かあっと陽がさしています。やっと三崎の夏が来たって印象。モチクから来た扇風機がガタガタ苦笑しつつ回っている(強でしか回らない)。電話で絵描きの植田さんと長野行きの相談。宿をどこにするか、すっと迷いっぱなしなのです。昼から坐古ゆうちゃんとサイン本づくり。彼女は絵を描き終わった本に紙をはさみ、段ボール箱に詰める役です。三崎高校におけるもろもろを聞き、住吉高校での恥ずかしい話を披露する。ゆうちゃんはいつか大阪に住みたいそうですが、だいじょうぶ、じゅうぶんやっていけるでしょう! 三崎自体がほとんど新喜劇の舞台ですから。夜に東京に出るので、まるいちでお土産用の干物。おかみさんとの写真が写った雑誌をもっていくと、やだあ、いつもおなじエプロンで、と笑っていた。そこがいいのです。バスに乗る前、中華の名店牡丹でチャーシュー麺をすすります。うしろでは子連れのお母さんがチャーシュー麺をたべていた。電話での出前注文もチャーシュー麺三つだった。梅雨明けにはチャーシュー麺が食べたくなるのか? 京急で品川、日暮里の園子さんちへ。お土産の干物を出すと、その下にまぐろ赤身のサクがはいっていた。エプロン写真が赤身にかわった! 夜更けになると園子さんちでは皆おはぎを食べています。
2003年8月1日(金)
早朝に起き池袋へ。一昨年につづいて町田康さんと歩行対談を行うのです。写真は弟の孝典。あいかわらず忍者のように存在感を消し付いてくる。まず西武線で成増。とても暗い印象でした。それから武蔵関までバス。うろうろと歩きながら「余暇」「かばん」などのテーマについて対談をします。晩ごはんは上石神井の居酒屋二軒でレバ刺しを食べ比べました。あとにはいったほうが断然おいしかった。三者焼酎でご機嫌になる。新聞社もちのタクシー券で、またもや三崎へ帰ることに。ふたたび記録を作るかと思っていたら、一昨年より安くすみました。浅草からのほうがじゃっかん遠いのですね。それにしても車内のクーラー非常にきつく、帰ってすぐ熱いお風呂にはいります。第二回対談はお盆明けの予定。
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