mao2 Alphabetical Order Recommended Vol.04 [CARTA]


類は友を呼ぶ

櫻井 昌一
(バーテンダー)

 僕が二十歳、奴が十九歳のときに奴は死んでしまった。奴は小学生時代の同級生で僕にとって友と呼べる男だった。死んでしまったときには、「何故だ」とも思ったし「ずるい」とも思った。奴の分まで生きるんだとも思ったし、いつも一緒にいるとも感じていた。現実の奴と出会えなくなってから二十年。いつも一緒にいると感じることはなくなったが、ふと、傍に奴がいると感じるときが、どういうときであるかが分かってきた。

 「類は友を呼ぶ」という言葉がある。辞書には「似たものどうしは寄り合うものだ」とある。ただ、それだけでこの言葉の解釈をおわりにしておきたくない、と思っている。特に、友の話に関しては。

 最近、奴が傍にいると感じたのは、グレンオークスの18番で100ヤードのサードショットを打ったときだった。一千万円が懸かっていたわけではないけれど、僕にとっては大事なショットで、気合いが入っていた。でも、なぜか構えたときからすごく気持ちがよくて、放ったショットはピンに向かって真直ぐに飛んでいった。それは、寸分違わずイメージ通りの弾道を描き、ピンの根元に落ち、そこに止まった。そのとき、確かに、僕の傍に奴は居て、一緒に飛んでいくボールを見ていた。
 その前は銀座に店をオープンさせた、その日だった。グチャグチャに忙しいレセプションが終り、疲れ果てて、椅子を三つ並べて眠りに吸い込まれそうになったときだった。「おめでとう、やるじゃん」という奴の声が聞こえた。「見ての通り、ボロボロだよ」

 人は夢中で何かをしているとき、理屈を超えられることがある。言葉で考えておらず、歳も、性別も、自分であるかどうかも関係ない。無我夢中というのか。

 さて、「類は友を呼ぶ」。人は一生懸命に何かをやっていると、無我夢中になれることがある。その世界では、年齢も、性別も、時間も、自分であることすら関係がない。そして、その世界の中に、友は存在している。

 

 

 似た者どうしは自然と寄り集まります。磁石のように、なにかがお互いを惹きつけあいます。

櫻井 昌一
(バーテンダー)
バーチャルなバー「アフターノート」の店主、バーテンダー、釣り好き、ゴルフ好き。

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