2000/10/24

佐藤 巧

豪州でシドニーオリンピックを目指せ!というスポーツコラムではありません。ただいま豪州の大学院に在籍中の陶芸家の豪州在住記。アートの話、シドニーの話などを聞かせてもらいましょう。



003 オリンピック都市シドニー

オリンピックも無事終わり、ようやく普段の街なみを取り戻したシドニー。 そして、先週よりパラリンピックが開催されている。

三月からこちらに、滞在しているが、”オリンピック直前”と言う街の緊迫感はほとんど感じられなかった。しかし突然、開催2週間前から目に見えて町中至る所で、それねらいとしか思えない即席の店鋪があちこちで、出現した。すし屋、カフェ、そしてブティック、本屋まで。 本来なら2ヶ月は先の予定なのに、オリンピックの為に、サマータイムまで早められた。 おかげで、7時なのにまだ薄暗いと言う有り様だった。

そしていよいよ開会したとたん、おそろしい数の人で街はあふれかえる。大学を始め、シドニー中の学校は、オリンピック休みに入る。そんななか、大勢の人たちがシドニーを脱出。外国などで休暇を楽しむ人たちも多い。と聞く。 私の住む地区は、観光客が多いと言うより、夜、特に深夜、若者で賑わう場所なので、あまり関係ないようだが、やはり連日若者で盛り上がっていたようだ。そして、マラソンコースにもなっているので(コースの道路には青いラインが引かれた)当日は、7ー8台のヘリが旋回。大勢の沿道をうめ尽くす観客をみて、あらためてオリンピックを感じた。オーストラリアの応援のかけ声は「オーズィー、オーズィー、オーズィー」これを、誰かが発すると「オゥイ、オゥイ、オゥイ」と皆が答えるのである。これを何度聞かされた事か!?期間中人の集まる所では至る所で、見られた光景である。それくらいオージー達は、興奮状態にあったようである。(ナチュラルハイ)

 

期間中、ほぼ、「どこ吹く風」と全く関係なく、無人にちかい学校にて、毎日制作に励んでいたが、 一度夜に、人々が集まっている、サーキュラーキー、ダーリングハーバーあたりを、友人と探索。すごい人なみで、いろんなイベント、パフォーマンスが、行われていた。おそらくアルコールも入っているだろうけど、みんな機嫌が良く、日本だとこういう場合すぐ喧嘩や、なんらかの争いごと等があるが、そういう危険な感じは、深夜になってもあまり感じられないのはとても、平和で気持ちがよい。

祈りが通じたのか、友人の好意に因り、”サッカー決勝”のチケットが手に入る! 9月30日。開会式も行われた、オリンピックスタジアムにて、である。 電車に載って、オリンピックパークまで。20分くらいか!? 大袈裟かもしれないが、オリンピックを会場で、見るなんて、考えれば一生に一度の様な気がするので、感激もひとしお。試合は”スペイン対カメルーン”おそらく、誰も予想しなかった対戦だったので、客の入りは超満員と言うわけではなかった。しかし7ー8割は入ってただろうか。11万入ると言うもちろん新品のすごくきれいなスタジアムである。 試合が開始されて「あれっ」と思う事が、、、観客の殆どはオーストラリア人だと思うが、なぜかほとんど、カメルーンの味方!スペインが何かすると、すごいブーイングの嵐!それが観客席の、屋根伝いに反響しなんとも言えない、ステレオサラウンドの様に、響いてくる。 ”弱者の味方”と言う考えは、日本人固有のものと思いきや、いやいやオーストラリア人もなかなか。結果はカメルーンが苦戦の末スペインを制し、唯一のメダルを持ち帰る。素晴らしい試合だった。

 

先週パラリンピックの開会式が開催された。テレビで見ただけだが、オリンピックのそれと、何の遜色もない素晴らしいものだった。4年前のアトランタ五輪の時も偶然アメリカにいて、テレビを見たような記憶があるが、中継も少なく、どうしても”つけたし”のような感じであったが、今回のそれは、もちろん参加国、参加者などは少ないが、セレモニーとしての、規模、手のかけかた、演出、どれをとっても甲乙つけがたいような気がする。

この国の、マイノリティーへの姿勢のようなものを感じた

 


最新作"tsunami boy"

佐藤 巧(さとう たくみ)

【PROFILE】
'62京都生まれ。現代陶芸家。'87より嵯峨美術短大講師。
2000年3月よりニューサウスウェールズ州立大学美術大学院に在籍中。
ホームページ  http://web.kyoto-inet.or.jp/people/taku310/

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taku310@mbox.kyoto-inet.or.jp