第6回 マオマオネットインタビュー第4弾

 メディアアーティスト  岩井 俊雄さん


マオマオネットでは、さまざまなジャンルで活躍していらっしゃるクリエーターの方々に毎月お話を伺っていきます。なにかをつくりあげるために、どんな風な考え方や過程を経ているのか、いろいろなものがカタチになるまでのプロセスに重点を置いて、ものづくりに関するお話を聞いていこうと考えています。 できあがった作品の側面や、裏側のこぼれ話なんかも聞いていけると楽しいですね。





コンピュータを使った大がかりな映像作品などで 世界的に有名なメディア・アーティストの岩井俊雄さん。

その創造力の源は 子供時代のパラパラマンガに隠されている様子。 ものが動く、光る、音が出る! そんなピュアな驚きを インタラクティブな手法でどう展開するか?

追求をつづけてきた岩井さんが最近、新たな方向に進み始めました。 まんが家・ばばかよさんとのコラボレーション「ハッピーテクノロジーラボ」では 今までと違った、ほんわかムードのテクノロジーが発表されています。

どんな新しいアイデアが、岩井さんに生まれているのか。
ちょっと、のぞかせてもらいましょう。


ばばかよさんのイラストによる
『ハッピーテクノロジーラボ』 展覧会ポスター。


『ハッピーテクノロジーラボ』会場風景。科学者の研究発表を模倣した構成で、パネ ルや実際に遊べる装置が展示されている。


  

●子どもの頃から、教科書やノートにパラパラマンガを描いていたそうですね。きっと、今の岩井さんのものづくりにも通ずるものがあると思うんですが、子どもの頃はどんな風でしたか? そして、何になりたいと思っていました?

 子どもの頃は、家の中で遊ぶのが好きな工作少年でした。動くとか、光るとか、すごい好きだったんです。自分で工作ブックというノートを作って、いろんな発明品みたいなものを書き留めたり。モーターを使って、動いたり光ったりするおもちゃを作ったりもしてました。父親が電気関係に詳しかったので、週末になると手伝ってくれたんです。
 外に出て野球をしたりってことは、ほとんどなかったですね。運動音痴だったモノで…(笑) 小学1年生でメガネをつくることになってしまったので、球技なんかは怖い感じがしてましたし、水泳にしてもなにしても、見えないっていう不便さというか、コンプレックスがありましたね。
 小学3〜4年生頃の将来の夢って、男の子は決まって「宇宙飛行士になりたい」とか「総理大臣」と無邪気に答えるのかもしれませんが、僕は「サラリーマン」と言ってたんですよ。「みんなが、そんな有名になれるわけないじゃん」みたいに思って、子どもながらにポーズをとっていたんでしょう。自分の親は完全なサラリーマンだったですから。
 でも、心の中では、科学者的なモノに憧れはありました。月面着陸の瞬間や、白黒テレビがカラーに変わるとか、子ども心にワクワクしました。テープレコーダーなんかの新製品が出ると、必ずショールームに行っては眺めていましたよ。ガジェットやテクノロジー的なモノに憧れが強かったのです。メカ、アニメーションに興味が移っていったのも、その延長なのでしょうね。

 

●小学3年生のときに、突然、お母さんから「もう、オモチャは買ってあげません」と言われ、工作の本と工具を渡されたそうですが、それはある種、岩井家の教育方針だったんですよね?

 そうだと思うんですよ(笑) 子どもって、プラモデルや既成のおもちゃが好きじゃないですか。でも、プラモデルっていうと、少なくてもクリエイティブというよりは、パズル的になにかを再現するような技術ですよね。もちろん今だったら、凝った作りでオリジナリティも出せると思いますけど、当時のものは、組み立てて塗装してシールを貼って出来上がりって感じでしたから。
 父親には、釣りなどに連れ出されることも多くて、その延長に木を切ったり組み立てたりっていうことがあったと思うんですよ。ブロックなどを組み立てるよりは、“無から有を生み出すおもしろさ”を、親は教えたかったんじゃないでしょうか。

 

●アニメーションに興味を持ちながらも、アニメーターにならなかったのは、なぜですか?

 つくる側としてアニメーションに興味を持ったのは、中学生くらいでしょうか。その頃に起こった「宇宙戦艦ヤマト」前後のアニメ・ブームと手塚マンガからの影響が大きいですね。でも、アニメのストーリーを考えるのはあまり得意じゃない、と自分でわかっていたんです。

 高校では、美術部に入ったのをきっかけに、グラフィックやデザインに興味が移っていきました。当時、福田繁雄さんみたいなデザイナーが脚光を浴びる時代だったんです。グラフィックデザイナーなのに、パズルみたいな環境彫刻をつくったり、そうしたイリュージョン的なモノにひかれていました。絵本だったら安野光雅さんなどの、仕掛けのあるものが好きになって、そういう仕事もいいなと漠然と思っていたんです。

 また、この頃に、アニメーション作家の古川タクさんの作品集(『ザ・タクン・ユーモア』 みのり書房 1979年発行)を偶然見つけて、個人が自由につくるアート的なアニメーションがあることを知ったんです。それからは、カナダのアニメーションやチェコの人形アニメなどを見るたび、すごいなと思っていました。短編なんだけど、自由奔放に素材を使って、イマジネーションを膨らませていくような世界に興味を持ったのです。

 愛知の片田舎では、抽象映画みたいな作品に触れる機会はほとんどなかったので、東京に出てきてから沢山見ましたよ。ただの色と動きだけ、みたいな作品があったり、とにかく“ショック”だったですよ。子どもの頃のおもちゃづくりなど含めて、僕は“動き”に対してものすごく興味があったし、自分で絵と音を同時に動かせる実験アニメーションの世界に、“これこそ、やりたいこと!”って思いましたね。

 僕がゲームをつくってもゲーム性に重きをおかなかったり、映像をつくってもストーリー性を求めないのは、自分の視点がいつでも、“動くおもしろさ”っていうところに注がれているからかもしれません。それが、どう気持ちよさにつながっていくか、みたいなことに興味があるんです。

●自分で初めて作品をつくったのは、いつ頃ですか?

 大学に入ってから、8ミリフィルムで3分半くらいの映像をつくったのが、人に見せることを意識してつくった最初の作品です。「ENERGY」という作品で、8ミリのコマに針でひっかきながら、1コマ1コマ描いていく、カメラも紙もまったく使わないでできる作品でした。アマチュアでアニメーションをつくりたいと思ったら、まずやる手法なんです、お金がかからないから(笑)
 8ミリフィルムのコマからパーフォレーションやサウンドトラックの部分を除いた部分、6×4ミリくらいの非常に小さい面積の中に、虫眼鏡を覗きながら3600コマ描きました。米粒に文字を描くような作業なんですけど、だんだん鳥とか具象も上手に描けるようになっていくのがわかって嬉しいんですよ(笑)
 下書きもストーリーもない、行き当たりばったり的に描くドローイングに近い作業でしたが、1週間で一気に描き上げました。

 

●コンピュータと出会ったのは、どんなきっかけからですか?

 コンピュータといっても、CGで今みたいにカラーのグラフィックスがつくれるような時代ではなかったんです。コマーシャルで、ワイヤーフレームの紙飛行機が飛んだりすると「スゴイー」って感動するくらいでしたね。芸術学部の学生時代に、プログラミングで絵を描いたのが、コンピュータに触れた最初じゃないでしょうか。まだ、CGブームの黎明期に、それを使ってアニメーションがつくれること自体、とてもワクワクすることだったんですよ。

 

●“気持ちの良い感覚”という言葉が、よく話にでてきますが、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、+第六感)のうち、どの感覚が自分で一番発達していると思いますか?

 動きに対する感覚がけっこうスルドイから、視覚かなぁ。でも、視覚も含めた感覚全部がつながっているという、“感覚のつながり感”が、人より発達しているんじゃないでしょうか。“つながっている感じ”のバランスの取り方がうまいというか…。自分のカラダ自体を俊敏に動かすことはできないけれど、そのバランスを取って、ここがおもしろいポイントである、と見極めていくのがうまいんじゃないかなと思うんですよ。

 20年近くずっと、インタラクティブなものづくりに関わっているじゃないですか。何かを触ったときに、絵がこう動いて、音がこう聞こえると気持ちいいんだみたいなことに敏感になっているので、その発達具合は、レーサーなんかの特殊な職業の人たちが持っている感覚に、もしかしたら近いのかもしれないですね。

 そうした感覚を研ぎ澄ましていくと、マウスをクリックするという行為は、もう最低なんですよ。腕全体を動かしているときに、それを妨げるような相反する動きを、指先に一緒にさせるわけだから。例えば、その動きを分解して、腕は自由に動かすだけにして、クリックは足にスイッチを踏ませるほうがいいんじゃないか? とか、いろいろ感じます。

 僕は、コンピュータに慣れる、ということをしたくないと思うんですよ。キーボードは使い込んでいくと慣れちゃうんだけど。環境に適応してしまって、元々あった普通の感覚を失いたくないと思うんです。常に何に対してもピュアな感覚を持っているほうが強い、みたいな気がしちゃうんです。いつも驚きと新鮮な感覚を忘れないでいたいです。

●今回の展覧会「ハッピーテクノロジーラボ」ではマンガ家、ばばかよさんとのコラボレーションということで、今までの岩井さんがつくりあげてきた抽象的な世界とは、一風変わった雰囲気があると思います。「着信音で、まわりに鳥たちが集まってくる携帯電話」とか「スイッチを押すと、ミツバチが角砂糖を運んでくれるカフェ」など、今の現実世界にはないような楽しい空想の世界ですよね。どんなきっかけから、ばばさんとコラボレーションしようと思ったのですか?

 ばばさんとは、今回が初めてではなく、今年の春に初台のICCで行われた子供向けの展覧会でも、ご一緒しました。
 出会ったきっかけというのは、それ以前に、ばばさんが、僕のライブに非常に感動して、ライブレポートマンガを描いてくれていたんです。それを知って、彼女の絵を見せてもらいました。ばばさんの絵は、正直に言うと、お世辞にもうまいとは言えないわけですけど、“なんかいいなぁ”って、すごく感じたんですよね。なのに、あんまり作品としては描いていないということだったので、じゃぁ一緒にやりましょう、ということになったのです。

 ただ、ICCとかだと見る方も出品する方も、一瞬身構えちゃうみたいなことがあるじゃないですか。でも今回は、このギャラリーが原宿にあるという場所の雰囲気も手伝って、自由に提案してみています。今回の「ハッピーテクノロジーラボ」に出している作品は、工作少年だった頃の僕の感覚に近いかもしれませんね。

 

●岩井さんの作品に、ばばさんの具象イメージが入ってくるということは、どんな意味があったんでしょうか?

 僕は、これまで、ダイレクトに人間の快感や驚きにつながる作品をつくりたいと思っていました。その中で使うイメージは、ほとんどが抽象的なイメージでした。

 例えば、「映像装置としてのピアノ」は、音と連動してピアノから映像が出るという作品ですが、ピアノから映像が出るというシステム自体の、ピュアに新しいものが生まれたという感じを伝えたい場合、ピアノから生まれる光が、花や動物などの具象だったら、それだけでイメージを限定してしまいます。

 僕は、ピアノの一音はなんのメッセージも持っていない抽象的なものなのに、あるタイミングによって鳴らされると、なぜかとても感動する、ということに興味を持っていました。そこで、音楽の抽象性と同じコトを映像でも試してみたわけです。意味を持たない抽象的な光が組み合わさったり、動きを持ったときに、僕らの心になにかが響くっていうことを、表現したかったんですね。

 こうして、ほとんどの場合、なるべく具象的なイメージは排除する方向でやって来たんです。コンピュータの世界では抽象的なモノを扱うほうが簡単だし、イメージの複雑さよりも気持ちよく映像が動くというスピード感も、自分は重視してましたから…。でも、実はこうした方向は、もう自分の中でやりきった感があったんです。これ以上やっても、匠の技の世界に入っていってしまいそうで…(笑)
 
 そんなとき、ばばさんと出会って、手描きの絵の持つ情報量って“すごいな”と思い始めたんです。コンピュータで描いた線より、人が描いた線のほうが何万倍と情報量を持っている。その情報量のスゴサを、人は頭じゃなくカラダで感じているんじゃないか。ということは、一瞬にして察知する能力が人にはあるんだから、そうした情報量を持った線をデジタルの世界へ遜色ないカタチでのせていく仕事が、これからは大切なんじゃないかって思ったんです。ばばさんの絵は、それをやる価値があるんじゃないかって…。

 だから、ばばさんの描いた絵の感じを、そのまま残してインタラクティブにすることをしたいと思っているんです。スキャンするときも極力そのまま。ゴミなどもなるべく取らないようにして、アニメーションとしてそのまま動かすことを大切にしてます。

 

****ばばかよさんからのメッセージ******************** 
 今回の近未来研究所「ハッピーテクノロジーラボ」の提案というのは、決してふざけているわけではないんですよ。くだらないと思えるようなことでも、実現可能で、くすっと笑っちゃうようなアイデアを広げています。
 岩井さんのテクノロジーは、技術者では気づかないようなアーティストの部分から提案されていて、みんなが見逃しがちな“気づき”を高めてくれる、という気がしますネ。
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●ものをつくるために、大切だと思う資質みたいなモノがあるとしたら、それはなんだと思いますか?

 イイ質問だけど、難しいですねぇ。しつこくヤリ込んでいくことかな。くじけずに追求していくこと。考えて終わりじゃなく、実現したい! と思う力かな。
 僕の場合、いつも「機械のことに詳しいですね」と言われるんですが、毎回つくる作品が違うので、そのたびに勉強するんです。光についてとか、音についてとか、コンピュータのプログラミングについても、どんどん新しくなりますから。でも、総合的に勉強するワケじゃなくて、必要なところだけ情報を集めるんです。締め切りがあるとツライですけど、画面上でこう動かしたいという気持があって、出来た瞬間、「やっぱり、おもしろい!」となる。それを実現するための勉強だったら苦じゃないですね。

●最近見た夢や、昔から何度も見て忘れられない夢を、1つ教えてください。

 子どもの頃から、40度くらいの熱をだすと見る夢というのがあるんです。夢の中で、僕は1人で太平洋のど真ん中にいて、板きれみたいなものにつかまって浮いている。まわりには何もなくて、助けを求めたいんだけど、1人ぽっちで浮いていて…。でも、その僕と同じような境遇で、ジャングルの中にたった1人でいる人がいるんです。そうわかった瞬間に、その人と僕が入れ替わる、っていう夢なんです。そして、また互いに入れ替わるみたいな…。そういう夢を、1年に1回くらい、風邪をひいて高熱をだすと必ず見てました。

 あと、デジャブをみるんです。「あぁ。この光景は夢で見たな」と現実の世界で思うことが毎週のようにあります。このギャラリーのセッティングをしていたときも、作品が並んだ瞬間に、「このセッティングは前に見たな」と思ったり…。

 “もう、わかってしまっている感じ”っていうのかな。すでに、夢で見ているわけだから、自分の人生は決まっちゃっているのかな、と思うときがありますね。自分で変えたくても、変えられないものが決まっていて、ある流れの中に乗っかって動いているだけっていうか…。でも、それに沿っていくだけっていうのも、なんだか嫌だし(笑)、切り開いているつもりではあります。でも、やっぱりレールに乗っているのかも…。ジジ臭い言い方をすれば、人生ってそういうものかなってね、思います。

インタビュー 佐藤 理
文      松浦央果

●小鳥フォン
携帯電話の着信音を、鳥を呼び寄せる鳥笛の音に変えたら?という携帯電話のアイデ ア。会場では映像の中のキャラクターに電話がかけられた。
●ミツバチカフェ
ミツバチが角砂糖を運んでくれるカフェがあったら楽しい!という提案。ボタンを押 して画面上で角砂糖をキャッチして遊べる。
●箱ロボ「キュビィ」
いつも寝てばかりいる立方体型ロボット。持ち上げると目を覚まし、かたむけると声 を出したり目を回す。
「キュビィ」の中には、おもちゃも入れられるようになる。段ボール箱や、本棚など 、身近なものがインテリジェンスを持ったら?というアイデア。
●テノリオン
16×16のマス目にドットを置いて、簡単に音楽を作曲して遊べるワンダースワン の作品。長時間ハマッている人が多かった。
●ゆびさきダンス
携帯ゲーム機ワンダースワンを使ったアート作品。指先で8つのボタンを押すと、液 晶画面のキャラクターをダンスさせられる。

●びっくりマウス●
ジャンル:らくがきパフォーマンス
対応機種:PlayStation 2
価格:4,800円

2000年7月27日発売

 

2000年夏に発売されたプレステ2ソフト『びっくりマウス』。
岩井さんはコンセプト&インタラクティブ・デザインを担当。

 (c)2000 Sony Computer Entertainment Inc./(c)うるまでるび 
 ※掲載写真の全部あるいは一部の無断複写/複製/転載を禁じます。
 ※”びっくりマウス”は株式会社ソニー・コンピュータエンタテインメントの商標です。

 

○岩井 俊雄 Toshio Iwai

 1962年生まれ。
 筑波大学大学院芸術研究科総合造形専攻修了。在学時からフィルム・ビデオ・コンピュータなどのさまざまなメディアを駆使した映像作品を発表、国内外の展覧会に数多く出品する。1985年、ハイテクノロジーアート展、現代日本美術展でそれぞれ大賞を 受賞。作家活動のほか『ウゴウゴルーガ』などのTV番組や『シムチューン』のソフト 制作を手掛ける。97年、坂本龍一とのコラボレーションで、オーストリアのアルスエ レクトロニカ・フェスティバルでグランプリを受賞。
 2000年は、うるまでるびとの共同制作でプレステ2ソフト『びっくりマウス』を発売したり、ばばかよと空想未来研究所『ハッピーテクノロジーラボ』を設立するなど、幅広い活動を行っている。六耀社から、初めての全仕事本『岩井俊雄の仕事と周辺』が発売されたばかり。




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