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| さまざまな世界で活躍するクリエーターに、昔の自分、今の自分、そしてこれからの自分のお話を伺います。子どもの頃はどんなだった? どうして今の仕事を選んだの? これからどんなことするの? いろいろな方向からお話を聞くミニ自叙伝的インタビューです。 |
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マオマオネット インタビュー第20弾 | |||||
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小さい頃はどんな子どもでしたか?
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小さい頃は、素直で無邪気なイイ子でしたね(笑)。僕は山梨出身なんですが、そこは南アルプスのふもとで、もうほんとに「アルプスの少女ハイジ」みたいな場所でした。すごい田舎ですけどね。そんなところで素直に無邪気に育ちました。 |
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初めてヘアスタイルに興味をもったのは、いつ頃ですか?
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実は中学の頃は、あまりヘアには興味がなかった。高校になって、やっといろいろなことに興味を持ち始める頃になって、ファッションや髪型に興味を持ち始めました。それまでは、中学の頃は坊主頭でバレーボール部をやってましたし。 |
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美容師になるきっかけは?
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いつも通ってた美容室で、パーマをかけたときですね。そこのお店で、新しくお店を出す話があって、 オーナーから「新しくお店を出すから働いてみない?」っていわれたのがきっかけ。聞けば、働きながらでも、通信で美容の勉強を受けられるという話だった。 その頃、もう高校3年の終わりくらいで、ちょうど就職を考えていたところでした。でも、普通のサラリーマンとかの仕事にはつきたくなかったんですね。実は、絵を描いたり色を塗ったり、そういうことが好きなタイプだった。それになによりバイクと車が大好きだったので、塗装関係の仕事につこうかとも考えていたんです。ただそれは「ちゃんとした会社に入りなさい」と親に反対されたんですけどね。 もちろん最初は、父親も「美容師なんて髪結いじゃないか」みたいなイメージしかもってなかった。その頃は、男性の美容師が出始めてきた時代。ただのセットから、カット&パーマへと、美容という世界が変わり始める最初の頃だった。だから社会的にも需要はあった。それになにより、僕は普通のサラリーマンではなく、「なにかをつくる」仕事につきたかったんですね。それで父親も「まあ、やりたいならやれば」ということに。つくることが好きだったのを父親も知っていましたしね。 昔からとにかくなんでもやりたいタイプでした。昨年オープンしたこのお店、エムズのロゴも自分でデザインしましたしね。絵は好きだった。洋服もすごく好きだった。東京にでてきたときには、洋服をつくる仕事もやってみたかったですね。ただ、なにをやるにしても、まずお金がいるじゃないですか? でも美容の場合は、入ったお店で通信教育を受けることができた。金額的にも安いし、それにたとえ時間はかかっても、夜や夏のスクーリングに参加すれば学べますからね。それで美容師として働くことにした。 |
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その後は、美容師として働きながら勉強するという生活ですね?
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そのお店では1年半くらい働きました。いまのサービス業の自分にとっての原点ですね。そのお店は、当時にしては珍しく男性の美容師が大半で、コンテストにも積極的に参加させるという、若い人のやる気をださせて育ててくれるお店でしたね。 ただ、入ったからには、コンテストにでもなんでも、絶対負けたくない。そういうタイプなんですよ。といかく二番がいや。絶対一番になりたい、というタイプ。なんだろう、バイクで突っ走っていた頃の、走りやの根性みたいなのですかねえ? だからもうめちゃくちゃに練習しましたね。とりあえず負けたくない。ただ、それだけ。このお店では、ワインディングを一生懸命練習しました。で、もちろん1年くらいでコンテストで優勝するまでに行きつきましたよ。 |
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その後、東京へ出てこられたのでしょうか?
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その優勝したコンテストで僕を見た人が、「自分のお店をだすにあたって手伝ってくれ」とわざわざやってきてスカウトされました。それからそのスカウト先の神奈川のお店へ移りました。 ただ自分の中では、急に東京へでていっても、すぐにはお金もないし。技術的にもまだまだだと思っていた。どっちみちすぐには、東京のお店で使ってもらえないだろうなと思っていました。その後、PEEK-A-BOOに入ったのは21才の秋ですね。3年くらい他のお店で働いたあとです。 |
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PEEK-A-BOOに入ったときのお話をお聞かせください。
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僕が東京に来た頃には、コム・デ・ギャルソンやヨージ・ヤマモトの出始めの頃でした。日本のデザイナーたちが世界に注目され始めた時期で、ファッションにすごくパワーを感じましたね。東京に来た当初は、ファッションの勉強もしたかったくらい、ものすごく興味があった。でもその頃に、ある種、自身の位置づけが自分の中で確立されたんですね。友達にもファッションやってる子もいたし、メイクやってる子もいた。もちろんファッションにも興味があるけれど、僕はやっぱり美容師だと。そんな風に一生美容師をやろうと決めたのは、PEEK-A-BOOに入ってからです。 PEEK-A-BOOでは、入ったときから一番になろうと思ってました。もちろんそのために一生懸命努力はしますけど、隠れて努力するタイプですからね。できないことが恥ずかしい、と思っていた。同期の中では僕が年上だったし、とにかく同期で一番になろうと。僕より年下の先輩もいましたけど、すぐ抜いてやるぞと思っていた。PEEK-A-BOOは、お店の中でも先輩後輩の関係が、ピリピリするくらいしっかりしているお店です。なあなあの関係じゃなくて、とても厳しい。だからこそ、環境的にはすごくやりがいのある場なんです。実はこれが長く続けられる秘訣だったのかもしれないですね。 |
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PEEK-A-BOOを一言でいうと? またそこで得たものとは?
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PEEK-A-BOOは、他のお店とまったくちがっていましたね。一言でいうと「ピシっとしている」イメージですね。すべてにおいて「ちゃんとしている」っていうのかな。嘘はつかない。 「ちゃんとしている」というのは、きちんと物事を定義づけて考えていくこと。その日の気分とか、なんとなく、とはちがうことですね。もちろん僕たちのやっている仕事には、そういうニュアンスの部分が重要です。でも、その基礎になるきちんとした部分があって初めて、ニュアンスが生きてくるんですよね。 ニュアンス的に作ることも、もちろん大事ですよ。でも流行モノだけ追っかけてばかりいると、自分がどこかへいってしまう。ベースとなる基礎がないとやっていけない。それがなかったら美容師をやってませんよ。PEEK-A-BOOに入って、きちっとした自分の基礎になるものとめぐりあえた。それが自分にとっては大きな財産です。僕は実は飽きやすいタイプなんですよ。はまるけど、すぐ先がみえて飽きちゃう。でもPEEK-A-BOOでは、もっともっと、まだまだ、って感じで先を追い続けているんですよ。。 |
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いままでの人生で、3つの大きな出来事や出会いをあげるとしたらなんでしょう?
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1つめは、PEEK-A-BOOに入って、うちの先生(川島文夫氏)と出会ったことですね。これが自分には大きい出会いであり、大きな出来事。 2つめは、うちの女房との出会いです。 女房と出会って子どもが生まれて家族ができた。そのおかげで、自分のとんがった部分もいい意味で緩和されたと思いますね。家族がいると、ほんとはバーン!といきたいところを、すぐにいかないで一度考えるじゃないですか? それはよかったと思います。あと、うちの女房もヘアメイクのマネージャーだったり、グラフィックの学校を卒業しているので、ファッションやヘアのこともよくわかっている。だから、自分のつくった髪型のことでも、「どっちがいい?」って選ぶときには、彼女の意見を聞くことが多い。そういうパートナーを得て一緒に過ごせるということは、大きな出会いですね。 3つめは、コンピュータと写真に出会ったこと。 コンピュータや写真のおかげで、頭の中で考えていたことが形にできるようになった。いままで方法や手段もわからなかったことが、自分でやってみて気づくようになった。もしこういうことをやっていないで、美容の仕事だけしかやっていなかったら、もっとちがってた気がしますね。お店のロゴマークでもそうですけど、色味、絵柄、配置からすべて考える訳ですよね。もちろん、それだけで終わらない。それが、仕事にも、お店作りにも、つながっていって影響を与えていく。 コンピュータは、使い初めてから6年くらいです。写真や絵に興味があったので、撮影してもらった写真を、自分でもいろいろと加工できるんじゃないかと思って、自分でmacintoshを買ってきて始めました。だから、結果的には美容を起点として、コンピュータや写真、デザインと、いろいろなものに広がっていったんですね。コンピュータをやっているうちに、やっぱり写真もやらないといけないなと思いだした。取り込んだ写真を何時間も見ているうちに、もっとこんなライティングできないかな?とか考え出して、雑誌を見て研究しはじめて、それで自分で写真もやるようになっていった。写真との出会いも大きいですね。写真と出会うことによって、表現だけでなく、カメラマンやメーキャップアーティスト、ファッション関係など、人とのつながりも広がってきました。なにもかもが、美容という僕の基礎を起点として、どんどん連鎖していった。そのおかげで美容の表現方法も広がっていった気がしますね。 |
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そして、昨年には2001年度JHAグランプリを獲得されました。
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これはジャパン ヘアドレッシング アワーズという、日本の美容師たちへの年間評価みたいな賞です。映画でいえばアカデミー賞のようなものですね。受賞した作品も、僕がヘアをつくって写真撮影したもの。受賞したことで、いままでコンピュータでも写真でもなんでもチャレンジしてきた自分の方向性が認められたようで嬉しいですね。そのあとに制作したムービー作品も、キャノンデジタルクリエイターズコンテストに入賞しましたし。 |
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仕事以外での興味はなんでしょうか?
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家族、ですね。休みは、ほとんど家族と一緒に過ごすようにしています。映画を見たりごはんを食べにいったり。子どもが生まれた時点で、バイクはあぶないからやめろといわれました。男の子だったら、バイクにサイドカーをつけて一緒に乗せて表参道のカフェでお茶でも飲もうと思ってたのに、生まれてきたのは女の子だった(笑)。でも自分の心の癒しが、家族だったりするわけです。僕はガーッといっちゃうタイプなので、家族がいるおかげで、世間的にうまく生活できていると思いますね。 |
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仕事でいちばん大変なことはなんでしょうか?
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持続していくことが、大変といえば大変ですね。いまを下がらないで、ずっと上昇線の気持ちで居続けることが大変。気を抜くと落ちるじゃないですか。いま美容室がものすごく増えて、雑誌の効果でお客の流れが変わったりとか、そういう一時的な状況にあまり左右されずにやっていきながら、常に上に行こうとしていくことが大変なんだな、と最近思う。雑誌を見たり、自分でもカットの練習をしたり、いつももっとこんなスタイルがいいんじゃないかと考える。 いまって情報量も多いし、洋服でも家具でもなんでも選べる範囲が広くなった。なんでもある。そんな状態に対抗できる技術や考え方を、いつも自分に持っていないといけない。固定観念にとらわれすぎちゃってると、かたくなっちゃいますしね。だからいつも勉強なのかな、と。飲みにいくのも勉強だし、生活することもそう。なにもかもすべてが美容に結びついているんですよね。 |
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PEEK-A-BOOでの現在の活動についてお聞かせください。
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でも、これからwebを使っていろいろな事業も始められるだろうし、通信教育や広告展開も進んでいくだろう。いまほどの時代になることも、ずいぶん前から感じていたんですけど、まだその頃はあまりわかってもらえませんでしたね。 |
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美容とコンピュータの可能性について考えてらっしゃるんですね。
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美容もそうだけど、コンピュータはいまや自分の一部ですね。二次元と三次元のちがいがあるけれど、デジタルは、モノの考え方や創作でのヒントになります。逆に、髪は一本ずつの重なり、自然の力に逆らわないでどこまで美しく変えていけるかに苦心する。この両極端の世界の両方が、いま自分の中でいい具合に作用しあっている気がします。 |
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では、これからの伊東さんの未来はなんでしょう?
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ずっとサロンワークは続けていきたいです。 そして、癒されるような土地で、大きな家で、将来的にはそんなところで家族とのんびり暮らせればいいなあ、と(笑) |
取材・文/佐藤理
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Hidehiko
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