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| さまざまな世界で活躍するクリエーターに、昔の自分、今の自分、そしてこれからの自分のお話を伺います。子どもの頃はどんなだった? どうして今の仕事を選んだの? これからどんなことするの? いろいろな方向からお話を聞くミニ自叙伝的インタビューです。 |
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マオマオネット インタビュー第25弾 | |||||
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仲澤さんは、美容師であり、このスペースのプロデューサーでもあります。人に自己紹介するとき、ご自身の肩書きをなんと説明してらっしゃるのでしょうか?
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うーん。ギャラリースペースで知り合った人からは「元美容師でギャラリーをやっている仲澤さん」と紹介されるんですよね。「ギャラリーをやっていて、美容師もやっている人」とかね。自分では、どちらもちがうと思っているんです。このスペースについて話す場合は、美術と美容は切り離せないものなんですよ。だからこのインタビューも、美容師という立場だけではお受けできなかったでしょうね。ギャラリーと美容室を合わせて、テアトル
デ ソンスという一個の職業だと思っているんです。プロデューサー的な立場みたいなものですね。 たとえば時間的に考えても、ギャラリーと美容室の仕事は半々くらいの比率ですし、どちらにも同じだけ集中していますね。 |
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そんな仲澤さんも、もともとは美容師からスタートされました。そのときはどうして美容師になろうと思われたのでしょうか?
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他にやることがなかったから(笑)。いや、学校も好きじゃなかったし。かれこれ25年前の話になりますけどね。親に手に職だけはつけなさいといわれて、料理人でもやろうか、どうしようかと思いまして。ただファッションが好きだったので、少しでも関連する美容学校に入りました。 |
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美容を学んでいた頃はどんな風でしたか?
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あまり学校は楽しいと思ったことはなくて、ディスコ(今ならクラブ)通いの毎日でした(笑)。練習もまじめにやったことがなかったですね。ただそれまでは、なにをやってもそこそこ十人並みと思っていたんです。卒業して美容の世界へ入ったら、初めて自分の不器用さに驚いた。こんなに難しいのか!と。ですからそこで初めて挫折したという感じですね。 初めて入ったのが、美容免許を取得していないと入店できない、美容師あこがれのお店だったんです。そんなお店に、僕だけが資格のない状態で入ってしまった。だからたとえば、他の人がプラスマイナス0からのスタートだとすると僕なんかマイナスいくつかのレベルでした。もちろん後輩が入ってきても、僕より技量がある訳です。でも上下関係があるので、僕の方が先輩だったりして、その時期はしんどかったですね。そこでがんばった訳ですが、自分では「あからさまにがんばる」ってのはカッコわるいと思っていましてね。なんか「コソッとがんばる」って感じでした(笑)。 とにかくそのお店では、先輩も後輩も、そしてお師匠さんも、仕事に対する情熱は皆すごかったですね。 |
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で、そこから美容師としての人生がスタートし、以降自分のお店も持つことになるんですよね。そこで、一旦美容師を辞められましたが、それはなぜでしょうか?
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その技術レベルの高いお店で5年ほどいて、その後自分のお店を13年ほどやっていく訳ですが、なんか美容師をやっていることがいやになっちゃって。なにか、やってることがちがうのかな?ってずっと思ってたんです。お店をやっているあいだも、虎視眈々と他の職業も考えていましたしね。 自分のお店を始めた頃から、美容の世界ってなにかおかしいぞと思っていたんです。「あれ、こんなはずじゃなかったぞ?」って思っていた。それがおぼろげで、はっきりとわからないでいました。 たとえば、美容師の人って、お店でなにかしらの不満の種を抱き、いつかは自分のお店を持とうと思って、育ったお店を出ていきますよね。で、自分のお店を持つと、今度は自分のお店に働く若い子に、自分が抱いたのと同じ不満の種を宿させてしまう。そして結局その子も、自分が昔持っていたのと同じ不満を抱えて出ていってしまう。 若い子が育って巣立っていくのは大いにいいことなんです。でも、自分と同じ過ちを繰り返してしまうという矛盾。それが、なんかちがうなあと。システム的な問題なのかもしれません。 そして巷でカリスマと騒がれる時代になったときに、「裏方の人がこんなに表立っていいのか」という強いギャップを感じました。「なにかちがう、なにかやらなきゃ」いけないと思ったんですね。それで「もうやーめた」と思った訳です。 |
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自分の持っていたお店を辞めてしまうというのも思い切った行動ですよね。そして、テアトル
デ ソンスのプロデュースとなる訳ですね?
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もちろん、美容室は辞めても生活はしなくてはいけないですし。それになにかやっていないと落ち着かない性分で、なにかしら向かっているものがないとダメなようですね(笑)。 ひとつの職種の中での可能性を提案していくことが、お店を作ったときから好きだったんです。初めて作った自分のお店は、なにもモノがない、ガラーンとした内装だった。当時の美容室は、いわゆるパーマ屋さんぽかった。美容室に来るからには技術が最も大切です。しかし、せっかく時間をやりくりして来店してくれるお客様に付加価値も提供したかった。お客さまの「ここ美容室じゃないみたいだね」という反応も面白かったですね。自分でも、すごく考えていたコンセプト通りのよくできたお店になったと思いました。 それにもっと闘う気持ちを持たないといけないと思ったんです。ただの美容室をまたやってもつまらない。 ギャラリーをやるといったら、仲のいい友達にまで「おまえがやるのか?」なんて言われましたね。彼らにはクリエイターとしての自負があって、「ホントにおまえができるのか?」って疑問があったみたいですね。 でも、やってみないことには答えって絶対見つからない。実際にやってみないとね。それに、人にはそれぞれの場所があり、それぞれのやり方があるんです。 |
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なぜ、美容と美術の組み合わせだったのでしょう?
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日本の美術界って、いまでもそうかもしれないけれど、当時は「銀座のギャラリー」がステイタス。見る方も見せる方も、それが常識になっていた。そして、美術というモノが重苦しかった。NYやパリのギャラリーの、自由で気軽な雰囲気がないんですよね。自分がやるのなら、そんな日本のギャラリーイメージとはもっとちがう意味のあるものを作りたかったんです。 美容と美術がコインの表裏の関係、たとえば日常と非日常になるといいな、と考えたんです。みなさん、美容室へは1ヶ月に1回か2カ月に1回必ずいらっしゃる。逆に絵を見に行くのは、割と普通の人には非日常的な行為ですよね。相反するそれらを一緒の空間の中にパッケージしてしまえば、一緒に見れるじゃないかと考えたんです。 それに美容師でもデザイナーでも、自分の専門としてやってること以外に、音楽・美術・ファッションなどが好きで、それらが渾然一体となって個性を作り上げているという背景がある。そういうものをひとつの空間の中で持ちうる"空間"を表現したかった。それが、ここを作ったコンセプトです。 |
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そんな仲澤さんが、いままでの人生の中で得た3つの出会いというとなんでしょう?
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美容の仕事の部分でいうと、なにも技術のなかった頃の自分が、美容の技術を学んだときのお師匠さん。師匠の仕事に対する情熱は尊敬します。 それから、大好きなイタリア人の女性で、いつ会っても、とってもいいなと思ってる人。フィレンツェ在住で、60才半ばくらいの素敵な女性です。仕事はバリバリやって、しかも生活は優雅に暮らしている。その緩急の付け方の洗練さ。なんか人生ってこうあるべきだなと思いましたし、自分の中ではひとつの人生の目標になっていますね。 最後は、米国と日本を行き来しながら金融ビジネスをやっている日本人男性。1週間か10日に一度くらいお会いするんですが、その人と話すと自分が素直になれる気がします。たとえば、なにかをやりたいと自分が思って人に話すと、誰でもわりと簡単に「無理じゃない?」とかネガティブなことを述べがちですよね? その人はそうじゃなく、新たな突破口をアドバイスしてくださるんです。いろいろな意味ですごく教わることが多いです。 |
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今後のテアトル デ ソンスの活動などはどういう風ですか。
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美術に関わるようになってから、いかに裾野を広げるかがテーマになってきています。やはり美容室のお客さまにも見ていただきたいし、日常的に美術に触れる機会も作りたいというのが願望です。 テアトル デ ソンスの企画展であるTシャツ展は、その活動の一環でもありますね。Tシャツは、日常的にみんな着たり・見たりする、ある種の浸透したメディアでもあるし、流通としても可能性がある。展覧会から商品化されたものもありますし、最初から商品開発として提供しているものもあります。 業種に関らず、コンセプトを作ったりプロデュースをしたりすることに興味がありますので、いろいろなことをやっていきたいですね。 ただギャラリー部分を美容師の片手間仕事と思われるのが一番困るので、企画展についても、非常に真剣に人選を考えています。美容室の壁を使ってただギャラリーをやっているのではなく、まさにここに入ってきた人が「あ、ここはギャラリーだ」「美容室ってどこにあるんだよ?」って感じること。それが僕の狙いであり、それほど真剣にやっているんだというアピールでもあります。 |
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では最後に、仲澤さんの未来についてお聞かせください。
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いま42才なんですが、50才になったら少しのんびりしたいですね。50才までは突っ走りたい。でもこの性格だから50才過ぎても突っ走ってるんだろうな(笑)。 いま自分の中では「日本人のアイディンティティーとは?」ということを考えています。世間では、自分が生まれ育った日本がキライという声を聞くことが多い。それって哀しいことですよね。でも自分はどうなんだろう? それが大きなテーマ。外国に住んで見てみると日本に対する気持ちはどうなんだろう? 好きになるだろうか? もしかすると外国に住んでみるといいかもしれない。 そんな風に日々常になにかを考えながら、好きなことに向かってやっていますね。日々楽しく、日々あることに向かっている。たとえばそれが間違っていたとわかったら壊してみたり、構築しなおしてみたりとか。考えているのが楽しいんです。ブロック積みをしていて、積み上がると壊したり、またそれを組み立て直してみる。そんな繰り返しがいいんでしょうね。 |
取材・文/マオマオネット編集部
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テアトル デ ソンス 会場風景 (展示作品は取材時に開催中だった『山本健史展』2002.10.15〜10.27の出品作品)
テアトル デ ソンス プロデュースのT-shirts
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